2月の読書

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・もうすぐ絶滅するという煙草について

正真正銘、煙草にまつわるエッセイのみを集約した喫煙者必読(かもしれない)の本。
開高健、あさのあつこ、谷川俊太郎、中島らもといった著名人の文章を集めたもので、フザけているようでなかなか読み応えがあって面白かった。
寄稿者は、幼稚園に上がる前から煙草を吸っている、喫煙歴70年にもなる生粋の喫煙者から、産まれてこの方煙草を吸ったことも無い非喫煙者まで様々。一貫して述べられていたのは、「喫えない時間が長く続いた後の一本ほどうまいもんはない」ということ。あと笑ったのは、筒井康隆の「小生は文章を見ただけでそいつが喫煙者か否か分かる。非喫煙者の文章はまとまりがない」という一節。そこまでいかんでも。あとは内田百聞という人の「煙草は大事」という一言に心を奪われた。そう、煙草は大事。だいじな煙草は、だいじにだいじにせねばらない。煙草を胸ポケットにしまっておくのは、煙草が大事だからに他ならない。

 

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・トルストイ / トルストイ民話集

トルストイ晩年の思想に基づき書かれた民話が5つ、収録されている。
ストイックさが売りのトルストイだが、これらの民話は説教臭くなく、純粋に「おはなし」として読んでも面白い。ただ相変わらず宗教色は強い。
特に、表題作にもなっている「人はなんで生きるか」が気に入った。「なんで」というのは、「どうして」という意味ではなく、「何によって」という意味になる。堕天使となったミカエルが、人間界で徳を積み、三度笑って天界へ帰るという、洗練された構成の、美しい物語だった。
どの民話も、ほぼ一節たりとも無駄な装飾がされておらず、淡々としていて、一貫した教義を感じさせるものになっている。僕たちのような凡人の蒙を開くのは、文芸よりむしろ教典だと、トルストイは知っていたのかもしれない。エンターテイメントとして捉えるにはあまりに教化的すぎるこれは、それでいて物語そのものが面白いという、見事な矛盾を抱え込んでいる。

1月の読書

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・川瀬 慈 / ストリートの精霊たち

エチオピア、アムハラ州にあるゴンダールに滞在し、ストリート(路上)を通してその文化に触れ、回顧する一冊。
ゴンダールの治安は決して良くない。日本に比べるといろいろなものが劣悪である。貧しくて、汚くて、騒々しくて……しかし筆者は、そこに激しい郷愁を覚えてならないと語る。あのストリートに渦巻く温度が、遠く離れた日本に居る彼の心を掴んで離さないのだと。
ゴンダールに存在する宗教、思想、音楽を、筆者は人類学者としてではなく、あくまでも一個人として体感する。激しい郷愁の根源はおそらくここだと僕は思う。誰しもが実家に帰ると丸裸の自分で居られるように、川瀬氏もまた、ゴンダールのストリートでは裸の人間でしかなかった。すべての肩書を捨て、自分もストリートの一員として没し生活した日を懐かしむのは、当然のことだと言えるだろう。
本書に登場する「精霊たち」は、みんなとても人くさい。ストリートはいわば、人工のジャングル。そこで生き抜くためには、良いも悪いも無い。ただ生き抜いたものが正しい。それが彼らを人くさくさせる。僕も歳食ったら訪れてみようかな。そんで伝統食のインジェラでも食おう。

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・中村文則 / 土の中の子供

そこそこ名前を聞く作家だったので、古本屋で見かけたときに興味本位で買った。芥川賞受賞作品だそう。
現代作家のものは、何といっても読みやすい。普段は海外の作品やら日本の古い作品やらばっかり読んでるので、スラスラと読めた。
田中慎弥もそうだったけど、作家にとってやはり「カルマ」とか「魂」とか不変のものに抗う人間を描くのは、一種登竜門的なところがあるんだろうか。
「土の中の子供」は全体的に暗くて陰惨としてて、でもどこか常に薄明りの差しているような、そんな作品だった。ラストをどう捉えるかによってまたイメージが違ってくるんだろうけど、僕はとりあえず前向きに捉えておいた。

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・ヴィクトール・E・フランクル / 夜と霧

ナチスの強制収容所をたらいまわしにされた精神科医、フランクルの回顧録。
本書は、強制収容所での暮らしの凄惨さを糾弾するものでは決してなく、あくまでもそこで過ごす人々(主にフランクル自身)の内面的な動きについて考察されたもの。フランクルは精神科医であるが、本書は別に学術書的な趣は無く、誰か読んでもためになるものになっている。
明言に次ぐ名言、理解を超越したフランクル自身の実感は、「生きる」ことの真の意味を顕現させる。「人生に生きる意味を問うてはならない、我々が人生に意味を与えるべきだ」とか、「人間とは、ガス室を発明した存在だ。しかしまた、ガス室に入っても、平然と祈りの言葉を口にできる存在だ」とか。
何かに躓いた時、何度も読み返したくなるような、そんな良い本だった。

12月の読書

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・ギ・ド・モーパッサン / 脂肪の塊 ロンドリ姉妹 (モーパッサン傑作選)

階級を充てられた人間の持つむき出しのエゴイズムに焦点を当てた中編『脂肪の塊』と、旅の追憶を甘美に描き出した中編『ロンドリ姉妹』。他短編多数。

まず『聖水係の男』でほろっとした。「パパのピエール!ママのジャンヌ!」というこの台詞、言い回しがドラマチックで、読んだ直後に「ああいい話だなこれは」と思い、続けて読み返した。

表題作にもなっている『脂肪の塊』は、人間の持つ露骨なエゴイズムに直に触れた女性の不幸を描いたものだが、むき出しの人間味は悲壮感というよりもむしろユーモラスに思えた。最期にさめほろと無くブール・ド・スュイフ(脂肪の塊)が、センチメンタルに心を犯された滑稽な女のように見えた僕は、薄情者だろうか。
正しいとか、間違っているとか、道徳とか倫理とか、そういうものを抜きにした人間本来の魂、それを垣間見た気がして心底愉快だった。人間、かくあらねば人間とは呼べまい。

『ロンドリ姉妹』は、ユーモラスな雰囲気をベースに、イタリア旅行の際に出会った美しい娘との邂逅を追想する物語。
男という生き物の、女という生き物の、生物学以上の違い。男は何を想い、女は何を想うのか。
この作品は、距離感がものすごくよかった。誰かの又聞きと言っては遠すぎ、かといって実体験と言えば近すぎる。文学作品と言っては味気ないし、映画に形容するのは気が利かない。つまり、気を許した自分の友人が、ひと夏の間にこっそり作った秘密を打ち明けてくれた時のような、本当にちょうどいい距離感が保たれている。
そして何と言っても最後の一文が良い。僕も男だ、分かるとも。

『持参金』は、新婚の女性が旦那に金を根こそぎ持ってかれて途方に暮れると言う、ただそれだけの話。スピード感が凄い。そして男にぞっこんとなった女性にのみ宿る乙女性の片鱗たるものを感じさせてくれた。
中島らもは、恋のことを「病気」と言ったが、それはあながち間違っていない気がしないでもない。僕としては、それではあまり直喩にすぎないかとクエスチョンを挟んでやりたいところだけど。

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12月に読めたのはこの一冊のみ。何をしていたか忘れたが、ともかく、あまり読書に割く時間が無かったようだ。