2020-02-17

YASHIKA / AUTO FOCUS が壊れてしまった。破損部位は、フィルムを巻き取るレバー。せっかく掘り出し物を見つけたのに残念。でも短い間だったとはいえ、半世紀近く前のカメラが現役バリバリで活躍してくれたのは嬉しい。
フィルムが装填された状態で破損してしまったので、撮り終えたものはフィルム室を開いて除くしかなかった。一応、自分の身体の陰でフィムルを守りながら巻いたが、仕上がりはどうなっているか不明。もしかしたら感光してカブってしまっていておしゃかかもしれない。畜生。

先週の日曜日、奥さんと一緒に繁華街を歩いてきた。目当ては気になっていた眼鏡屋だったが、何故か入店規制がかかっていて入れず断念。東急の地下1階に入っているうつのみや書店だけふらっとして帰ってきた。古書がたくさんあって楽しかったが、何も買わなかった。どうやら金沢の詩人らしい、小笠原啓介の「抒情は生きている」という本をぱらぱら立ち読みしたのみ。なんだか力強くて主張の強い文章だった。僕とは反りが合わなさそう。

訳もなく厭世的な気分に陥ることがある。これに何か解釈を付して、落ち着きどころを定めたいと思うのは、人間の性か僕の性か。世間から妙に距離を取られているような、そう、なにか地繋がりではないこの感じ、エレベーターに乗り込んだ時に訪れる言いようのない静寂、みたいなものが、心にある。何かを書いていても、それは僕が書いたものではないような気がする。何かを読んでいても、あまり感動しない。楽しいことを考えても、胸の高鳴る感じがしない。感受性が死んだのだろうか?もし肉体と精神の寿命がぴったり合致していなかったとしたら、それはとても恐ろしいと思う。僕の精神が25歳で死んだとしたら、後の40年は屍が街道を歩くことになる。それはそれでちょっと見物かもしれない。翁の面をつけて、兼六園の桜並木を闊歩しようぞ。いざ。しないけど。

なんかなんとなく、煙草の銘柄を変えてみたいと思った。