弘兼憲史 – 『ハロー張りネズミ』

小さい頃から読んでいた不朽の名作(自分の中で)。

舞台は、東京都板橋区下赤塚に拠点を置く「あかつか探偵事務所」。
事務所に所属する探偵、七瀬五郎とその同僚たちが数々の依頼をこなしていくというストーリー。

はじめてこれを読んだのはいつだったかよく覚えていないが、たぶん小学生の頃だったろうと思う。
第一巻は1983年発行。僕の大好きな’80sである。
もともと父のもので、巻数もなんか飛び飛びだったのを覚えている。それでも、コロコロコミックとかあんなのよりよっぽど面白くて、同じ巻を何度も何度も読み返した。

弘兼憲史といえば、『島耕作シリーズ』が有名。
あれは読んだことないのでどんな感じか分からないけど、僕の抱く弘兼憲史の作品像は、「チープな人間ドラマ」。
いかにも大衆ウケしそうなテーマ、なんか既視感のある構成。
当時はそれがそのまま受け容れられてたのかもしれないし、むしろ流行ですらあったのかもしれないけど、30年時代が進んでから見ると、無視できない文学性がチラチラ垣間見える。
そこに作者、弘兼憲史の思想とか哲学とか、世界観がグッと詰まってるんだなと気付いた。

僕の好きな話を紹介する。

あかつか探偵事務所に所属する探偵の小暮久作は、36歳独身。金なし女なしの、準主人公にはもってこいの人間。
強面で厳つい体つきではあるが、お化け屋敷で失禁するほど肝が小さい。まずここが憎めないところ。

ある日、あかつか探偵事務所に依頼が舞い込む。内容はよくある浮気調査。
妻の動向が怪しいので探ってほしい、と依頼主。承諾する五郎とその相棒、小暮久作。36歳独身。
調べを進めると、依頼主の奥さんはある事情から暴力団に売春を強要されていた。
警察にレッツゴーするか、いやでも旦那にばれるのは困る、とあれこれ考えあぐねていると、件の暴力団が登場。事務所に連行される五郎と小暮。
自由にしてほしけりゃ200万円払えと奥さんに詰め寄る暴力団。
その時、小暮が事務所の隅にあるものを発見する。賭場だ。
200万円をポーカーで取り返してやると息巻く小暮。やめろと諭す五郎。
結果は、小暮の圧勝。暴力団から200万円をもぎ取り、奥さんは晴れて自由の身に。

しかし、話はここで終わらない。
小暮のカードさばきは、明らかに堅気のそれではなかったからだ。
事務所から帰る際も、一言も発しない小暮。いつもの彼ではない。
気になった五郎は、所長に有給を許してもらい、小暮の過去を洗おうと腰を上げる。
調べをすすめるうちに、小暮は過去に「マリア」と呼ばれるダンサーと一つ屋根の下で暮らしていたという情報を入手する。
「マリア」を追って長野県に渡る五郎。聞き込みの結果、彼女は温泉街のストリップ小屋で働いているということを知る。
その晩、実際にそのストリップ小屋に足を運ぶ五郎。
そこで、聞いていた容姿と一致する一人の女性が舞台に現れた。「マリア」だ。
涙ぼくろが特徴の、齢29の美人。五郎は彼女を屋台へと飲みに誘う。

「今はだれかいい人とか居るの?」
「今は居ない。昔はいた」
「その人の話を聞かせてほしい」

促され、マリアはぽつりぽつりと、小暮との過去を語りだした。
今はストリッパーだが、昔はれっきとしたジャズダンサーだったマリア。
小暮はその劇場によく足を運んでは、彼女のダンスを見ていた客の一人だった。
そのうち打ち解けた二人は、一つ屋根の下で暮らすことになる。
小暮の職業は、日銭をギャンブルで稼ぎ出すプロのカード師。とても堅気とはいえない。
ギャンブルだから、いつも勝てるとは限らない。小暮はそのうち暴力団との勝負に負け、大きな借金を作ってしまう。
そこで、結婚後の資金にと貯めておいた貯金を崩すよう、マリアに頼み込む。
「もう二度とギャンブルはやらない」という誓いの下、しぶしぶお金を渡すマリア。
しかし小暮は、その舌の根も乾かぬうちに、また勝負するために夜の街へと駆け出して行った。
マリアは小暮を愛していた。しかしこの関係が続けば、いずれ二人ともダメになってしまう。そう悟り、彼女はその日のうちにアパートを出た。

語り終えたマリアは視線を落とし、儚げな表情。
そこで、五郎が切り出す。

「もし、もしだよ。その人が今カードを捨てていたら…どうする?」
「そんなことはあり得ない。あの人はカードを捨てられるような人じゃないもの」
「でもね、もし本当にカードを捨てていたら…もう一度、あの人の胸に飛び込むかもね」

言わずもがな、小暮は今やカードを捨てている。
五郎は東京へ帰り、その足で小暮のアパートへと向かった。

「おいまだ朝の7時だぞ。それに日曜日じゃないか」
「マリアに会ってきた」
「何?」
「こないだのカードさばきを見てさ、職業病だよ」
「そうか…。まぁ無理もないよな。あの場面では、あぁするしかなかった」
「彼女は独身だ、会いに行けよ」
「よせよ。今さら、どの面下げておれが会いにいけるっていうんだ」
「…」
「おれのことを話したか?」
「いや、何も言ってない。俺とあんたが知り合いだってことすら知らないさ」
「そうか」
「マリアの住所だ。ここに置いとくよ。あとはおれが関与することじゃない」

小暮は悩みに悩んだ挙句、ようやく夜の7時になって決心する。
五郎のくれた住所を頼りにストリップ小屋を訪ねる途中、ケーキ屋に立ち寄って「いちばんでっかいチーズケーキ」を買う小暮。
奇しくも今日は、マリアの30歳の誕生日だった

『マリア、おれはもうカードを捨てた。今こそやりなおそう』

そう胸に誓い、いざマリアと対面というところで、思わぬ事態が発生する。

「マリア、俺はあんたが好きや、結婚してくれ!」

そう言ったのは、彼女の働くストリップ小屋で照明係をやっている男だった。
驚愕する小暮。

「うれしい。この年まで一人だとさみしくて。こんなおばさんでよかったら」
「幸せになろうね、マリア…」

この一連の流れを一部始終、陰から目撃した小暮。急にぐずつきだす天気。
肩を落とし、とぼとぼと帰路に着く小暮。道中、薄汚れた子犬が彼にじゃれついてくる。

「おまえも、ひとりぼっちか…」
「ほら、食え。でっかいチーズケーキだ、うまいぞ」

まず言えることは、全体を通してチープだということ。あと、起承転結がはっきりしている。
居酒屋で食べる赤ウィンナーみたいに分かりやすい。
たとえば最後のシーン。あの時下した自分の選択が、到底やり直しのきくものではないと悟った小暮を打つ大雨とか。

僕がこの話で一番胸をかきむしられるのが、ケーキ屋で「いちばんでっかいチーズケーキ」を買う小暮の背中が描かれたコマ。
この一コマで、彼が本当はどういう男か、そして若かりし頃、マリアを裏切って夜の街に消えた小暮の心中がいかに苦悩に満ちていたかがよく分かる。
彼は自分自身に抗えなかった。生き方は変えられず、たとえその晩大勝していたとしても、何も変わらない。そんなことは分かっていた。
彼は本当にやさしい男。だからこそ、最後の最後で、間に合わなかった。
間に合わなかったのは運とかそんなんじゃない、もっと根源的な、魂の末路とでもいうべき事象だと思う。小暮は本当に本当にやさしい男で、だからこそ、間に合わなかった。
悲しいもクソもない、ただただ事実。それが本当に切ない。

最後に出会った薄汚い子犬は、のちに「ミサイル」と名付けられ小暮の飼い犬になる。
マリアを、というより心のどこかに存在していた自分自身を失った小暮は、途方もない孤独を埋めるが如くミサイルを溺愛する。
しかしいろいろあって、ミサイルは狂犬病に罹ってしまう。
保健所の職員が毒肉を与えても食べようとせず、小暮に連絡が来る。
ミサイルはとても賢い犬で、たとえ狂犬病に罹っていても、飼い主の小暮を忘れてはいなかった。
彼からもらう食べ物でなければ決して食べないのだ。

小暮は無理に笑いながらミサイルに毒肉を差し出す。
ミサイルは賢い。小暮が笑っていなければ、食べないのだ。

「うまいか?ミサイル…」
「…あばよ」

笑顔のまま泣きじゃくる小暮は、ただそれだけを言うにとどまった。

帰り道、桜の木の下で五郎と小暮の会話が差し挟まれる。

「なあ、五郎」
「うん?」
「また、ひとりになっちまったなぁ」

僕は人間の弱さが好きだし、その弱さを自覚しながらも、歯噛みすることしかできない人が好きだ。
小暮は弱い。愛する女を失い、心の拠り所としていた愛犬を自らの手で葬った、悲しい悲しい一人の男だ。
探偵といえば、弱きを助け強きを挫く、一種の英雄主義的なところがあるとおもう。
小暮の悲しさというのは、この英雄主義の裏返しとかでは決してない。ただ一個人の、果てしなく悲しい一つの物語。弘兼憲史はこういうのを描くのが上手い。

小さいころからこういう耽美な作品に触れていたからか、僕の世界観は少しかわっている。
この世の人の営みを、憎んで憎んで仕方がないのに、同じ熱量を持って、愛してやまない。
僕は小暮のような人間が好きだ。これは別に、マイノリティの誇示なんていうクソみたいなものじゃない。ただただ、彼のように弱さを持った人間が好きだ。

あかつか探偵事務所よ、永遠なれ。