三島由紀夫 – 『仮面の告白』

もともと最近の作家にあまり興味が持てなくて、伝統的な作家を探していたら三島由紀夫にたどり着いた。
もちろん名前は知ってたけど、メチャクチャ難しい小説を書くイメージがあったのでなんとなく敬遠していた。
しかしここにきて『仮面の告白』を読んで、ハマってしまった。

まず、心理描写が(自分の事とはいえ)ものすごく上手い。加えて文体もきれいだから、一気に引き込まれる。
性倒錯者がどのような心理で生きているのか、分からないのに、よく分かった。ノンケの僕にも通じる部分が多々あったから。
特に物語中盤から終盤にかけて絡むことになる、とある女性との日々は苦悩に満ち溢れていて胸が苦しくなった。女をただの物体としか思えず、ディープキスしても何の反応ももたらさない自分の体を、それでもどうにかしようと苦悩する若き日の三島由紀夫…。
そんな彼を、そうとは知らず慕う乙女。これぞ人間、人間のクソどうしようもない感じがよく出てると思った。

性癖というのは、もう仕方がないものだと思う。それは魂だし、魂っていうのは本能よりもっともっと強力な核なわけだから、どうしたって変えられるわけがない。
みんな、とりわけ性倒錯者の人は一旦はそれを否定する。いや違う、俺は女が好きなんだ、女で興奮するんだと、理性を高め本能を刺激し、そしてやがては魂を違うものに作り替えようと試みる。この小説はその無謀な挑戦に、当然のようにして敗れた一人の青年の話だと思う。
あとがきで「豊穣なる不毛」と書かれていたが、まさにそう。
魂の否定というのは、大なり小なりみんながやっていることだと思う。僕もある。それは慣れてさえしまえば無視して差し支えないものだけど、図らずしも人間を狂わせてしまう。
小説の中で、トントン拍子に女性と縁談がまとまりそうになり焦った若き三島由紀夫はビビッてトンズラをこいてしまう。
これを世間のフィルターを介してみるのであれば、いわゆる「ヤリ捨て」であるが、三島由紀夫は女で勃起することができない。たとえどんなに美しい女体を見せられても、全く動じない。
つまり、世間的なみの「目的」を果たすことなく、ただトンズラをこくという、まったくもって意味不明な行動に出てしまう。
ここらへんの盛り上がりはすごくて、もう彼の精神がボロボロになって正気を失いかけているのが手に取るように分かる。言葉に詰まった。

今はちょうど「美しい星」を読んでるんだけど、これもまた最高に面白い。読了したら感想文を書こう。