SORANIN

相も変わらずの平日。天気だけはやたらと良い。

今日はなんとなくの気分で、髭を剃って眉毛を整えた。ついでに鼻毛も剃りすぎなぐらい剃った。爪も切った。保湿もした。
帰宅するのが平均7時で、諸々の用事を済ませているともう8時を過ぎる。朝は5時起きなので10時半には寝るとして、自由な時間はせいぜい2時間半ほどしかない。これが月~土まで続くとして、自由時間は合計15時間。
貧乏暇なしと言ってしまえば、なんだかそれまでのような気もするし、むしろキチンと社会に参加しているまっとうな青年のようにも思えるけど、僕はそんなのまっぴら御免だ。だって暇がないのに金もないんだぜ。しかもその理由は、他ならぬこの僕が類稀なる能なしだからときてる。こんな下衆でものうのうと生きていかれるのに、僕よりもっと賢くて真面目な人たちが苦しんでいるのは、やっぱりなんだかおかしいと思う。

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最近アジカンにハマっている(それまでは『リライト』ぐらいしか聴いたことなかった)。で、『ソラニン』の歌詞を見たときに、こういう非情な世界観も結構いいなと思った。たとえば、

たとえば ゆるい幸せが
だらっと 続いたとする
きっと悪い種が芽を出して
もう さよならなんだ

こんな風に、拗ねたようななんでもない台詞をわざわざ歌詞にしようとは普通思わん。ニヒルで、どっか写実的。「そうなんだ、そんなもんなんだ」という感想が出てくるあたり、これって経験が土台になってるんじゃないかなと思う。

さよなら それもいいさ
どこかで元気にやれよ
さよなら 僕もどうにかやるさ
さよなら そうするよ…

最後の最後までこれ。「どこかで元気にやれよ 僕もどうにかやるさ」の投げやりさが良い。どうせお前とおれは分かり合えないし、歩む道も違うんだし、もうそれが分かってるんだから、それでいいだろう、みたいな。
へ~と思って流れてくる歌詞を眺めてたら、「作詞:浅野いにお」と出てきてびっくりした。彼の作品は読んだことないけど、おやすみプンプンとかは名前だけなら聞いたことがある。あと、闇金ウシジマくん本にイラストも寄稿してた。そういえばやけに毒々しい絵を描く人だったな、と思い出して、このソラニンの歌詞と繋がる部分があって納得できた。そういう世界観の人なんだな、と。
倉橋ヨエコの『今日も雨』だったり、the pillowsの『Please Mr.Lostman』だったり、どうやら僕は非情な世界観に惹かれる性質らしい。自分が思うより、世界は自分に無関心だということを、なんの嘘もなくベタッと前面に出してくる、そういうのがたまらない。僕がどれだけ老婆心を駆使しても、愛と幸福について語っても、知らない街の知らない路地で、今日も誰かが泣いている。今日も墓石が彫られている。それでいいと思う。

何もかもが徒労に終わってくれさえすれば、それは現実を現実のままに生きた証にできる。

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