ウィットに富みてえ

ノンシュガー、みたいな日だった。いや、大体いつもそうか。

仕事をそつなくこなし(そつなくなくてもそつなくと書いておく)、帰宅して風呂に入ってからゴッドファーザーを見た。3時間弱。長い。でも冗長な感じは無くて面白かった。やっぱりヤクザ映画はやめられねえ。生まれる時代が違ったら、Vシネとかにハマってたんだろうか。それもそれで悪くない。
なんか気の利いた批評でも書いて悦に入りたいのが、どうにも作品をレビューは苦手である。主観だけで作品を語ることを許容できても、結局それが人の目に触れたとき、なんか恥部を晒したみたいな気になって物怖じしてしまう。「腐った批評書いてやがらあ、租チン野郎が」ぐらい気合の入った論客と一度、夜通し論をたたかわせれば何か変わるのかもしれないが、生憎とそんな暇なやつはいない。それに僕は論を組み立ててそれを武器にできるだけの知能もない。
開高健の短篇選も読み終わった。ここ最近はずっと読書と離れていたから、これを機に習慣を戻そうと思う。
テーマ好みしがちな自分の視野を広げるために、活字による描写、つまるところ文体を意識して読んでみたが、この試みはなかなか良かった。開高健の文章は別にセクシーというのでもなければ厭世的というのでもなく、強いて言うならシブい。ルポルタージュ調に、クドくない程度の装飾がしてあって読みやすい。比喩も詩人みたくブッ飛んでないので分かり易い。今度は長編を買って読んでみようと思う。好きな作家が増えていくのは楽しい。趣味が狭いから尚更に。

書捨文のほうに文章が届いていたので、丁寧に返答した。人の話を聞いて、それに対するアンサーを書いているときが、一番筆が進む。こういう言い方はよくないが、モノを書く立派な大義を与えられた気がして。本当は、モノを書くのに大義は要らず、自由きままに、心の赴くままに、筆の辷るに任せて、そういうのがいいんだろうが、僕だってこうやって生きていて、微力ながらも人の役に立ってはならないという道理もあるまい。せっかくだから。せっかくだから、みんなに幸せになってほしいと、そう願う僕の心は本当で、それを馬鹿にするやつは片っ端から鉈で殺そう。