MRCR!

「いいね」では伝えられない「好き」を伝える/個別性と普遍性について-3

写真のことをいろいろ調べていたらこんなコラムを発見して目ん玉くりぬかれた。「芸術とは何か?」という、まあなんていうか、難しいよね、できれば直視じゃなくて薄目で見たいよね、みたいなナイーブな問いに対して、同じパッションを持った仲間たちとディスカッションを重ねて本質へ近づいていこうとする、その一致団結感。めちゃくちゃかっこいいな。それでおれも、今一度自分の撮るもの、撮るものだけではなく、自分の「好悪」全般の基準がどこに根差しているのか、そのルーツとかっていうのはあるのか、探ってみようと思った。今日tumblrに投稿した長文はその先触れとでもいうべきで、効果の程度は別としてもまぁ書けてよかったと思う。芸術は100%感性、とは言わないまでも、おれの頭の片隅にはそういう流行らない考えがやっぱりあって、その思想の是非については毎日再考の機会があるにも関わらず、こんにちに至るまでだらしなく保留にしてきた。知識量と感受性はイコールであってほしくないと心の深いところでかすかに祈っていたし、そのかすかな祈りを心底恥じる気持ちにも気付いていた。おれは作品について、またおれ自身について、けっこう無視できないぐらい不誠実だった。そのことにも本当は気付いていた。生きている間にこのコラムを読めてよかったなと思う。ありがとう、東京オルタナ写真部。載せてる情報も精度高くてイカしてて最高だぜ。

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記事の構成案を4つまとめてクライアントにぶち込んだ。一安心。今日はしこしこマイクラをやって寝ようと思う。あ、言い忘れてた。メリークリスマスイブ。