無題のドキュメント

暴風雪。最高気温1℃の中で仕事をした。冷たい風をもろに受けるので、親指の付け根の感覚を失った。しめて30センチの積雪。
あまりの悪天候に仕事がままならず、17時過ぎには帰宅。所用済ませて今の今までyoutubeを見ていた。だらしない。明日も今日みたいな天気が続くらしい。

おれたちは手に入れたものをいろいろに加工しすぎて、それが本当はどんなものだったか忘れてしまった。愛とか幸福とか、今となっては抽象的な響きしか持っていない。人間はあらゆるものにぜんまいを取り付けて、コントロールを可能にする代わりに寿命を定めてしまった。おれは人間が何にどれだけぜんまいを取り付けたのかは知らないし、どのくらい巻き上げたのかも知らない。けれど、もうすぐ何か大切な、とても大きなもののぜんまいが切れてしまいそうな気がする。それは愛かもしれないし、幸福かもしれないし、社会かもしれない。おれ自身でないことは確かだけれど、おれの大切な誰かかもしれない。

コロナワクチン先行接種の一報を受けて、あらためて陰謀論界隈を興味本位にディグってみた。「COVID-19は2019年時点でビル・ゲイツが特許を取得していて、特許があるからにはすなわち人工物である」。「コロナワクチンの中には極小のナノマシンが混入されている」。「世界の上位数パーセントの選ばれし人類が、残りの人類を掌握する時代がすぐそこまでやってきている」。 云々かんぬんなんやかんや。おれはそれらの陰謀論が本当だとしてもどうでもいいし、嘘だとしてもどうでもいい。そこまで巨大なプロジェクトはもはや自然災害と同義だ。個人の力でどうのこうのできる範疇を超えている。
こうした陰謀論を知ってか知らずか、日本では「ワクチンは打ちたくない、怖い」という考えの人が40%近くいるらしい。もう様々な論文で語りつくされたことだが、コロナウイルス自体はインフル以上に致死率が低いし、もうどんな病気であるかは解明されている。未知では無くなり、その症状の程度も分かるようになってきたのに、未だに感染者数の数だけを見て大騒ぎするのはなんともはや。みんなコロナが怖いんではなくて、コロナを軽視することによる社会的なバッシングを恐れているに過ぎない。表向きは「感染を拡大させてはならない」という立派な理屈が通るから尚更これが横行する。コロナを軽視したり、真面目に論じていても結論として「騒ぎすぎである」と言う人を叩いておけばひとまずは安心。自分は無関心のままでいられる。コロナとは何なのか、空気感染とは何なのか、政府の発表するデータに恣意性は認められないか、逐一確認する人は少ない。そんなことより目の前の異性にかぶりついたり、ストロングゼロをぶちかまして退廃気取りが関の山。そろそろおれも芸術に没頭したい。