無謬

早朝、風で冷まされた街を車窓越しに。現場には出ず、自社にポリッシャーでワックスをかけてからシリコンを塗布してツヤツヤに仕上げた。湧水のもこもこしたところにふわっと手を触れた時のようななめらかな光沢とツヤ感が気に入った。そして驚くべきことに、今日一日がそれだけで終わった。

帰宅してから父と近所の焼肉店へ。厚切り上タン塩で始め、激辛カルビクッパでシメた。ハッカの飴を転がしながら父の与太話に付き合い、実家へ寄って愛犬のこなつと戯れる。出来損ないの漫画を読んで厭世する。

将来に漠然とした不安があるわけでもない。こさえて楽しいちょっとした苦悩があるわけでもない。ただ解像度の低い夢と、事実を前にしてそれを恬淡とこなす自分自身への違和感が胸につかえている。ただ、それがおれを今のような心情に至らしめているかといえば、それもそれで違う気がする。何かが欲しいわけでもないし、何かがいらないわけではない。不自由を嘆く道理もなければ、自由を求める道理もない。自分だけが静止して、周りが好き勝手進んでいく。思えばガキの時分、出会い系サイトのサクラに引っかかって一葉をドブに叩き込んだあの時も、今と同じような心持だった。何も楽しくない、といって、何もつまらなくない。
退屈しのぎに、とびきり残酷な場面を描写してみる。おれの一番きらいなタイプの人間を眼前に据えて、顔の形が変わるまでひたすら殴り続ける。クズから飛び散ったいろんな体液がおれのあちらこちらを濡らす。でもおれは息一つ上がっていない。そこでこの夢想はリアリティの欠如によって破綻する。何の感情も持たずして、人を殺せるはずがないし。
幸せなものを想像してみる。できるだけ現実に近いもの。できれば現実のもの。2日ほど前、仕事帰りに見た高校生カップルのこと。背の高い、人の良さそうな男子高生と、スカートの丈を短くした華奢で美人な女子高生。二人並んで歩きながら、女の子の方がかがみ込んで男の顔を覗いている。男は照れくさそうに視線を外す。女の子はなんだか笑っている。おれはその瞬間が永遠に続けばいいと思ったし、自然と笑みがこぼれた自分自身が誇らしかった。

まず生活がある。健康な体と健全な心がある。人の話を真面目に聞けるだけの教養と、自分の生き方を貫くだけの漢気もある。偏執狂に憧れる青臭さも残っていない。あらゆる人のあらゆる生活がおれの側を通り過ぎていく。今はそういう時期なのかもしれない。

月がきれいだったので、右目と左目を交互に隠して視力検査をした。右目に乱視が残っていて、でもそれは別にどうでもよかった。