無題

日記にタイトルとはなんだったのか。

性懲りもなく過ごしている。ZUIKO 100mm f2.8が届いたので愛犬を被写体にして試写した。Amazonで値段レビュー共にいい感じのモノクロ用フィルターがあったのでカートにぶち込んだ。明日届く。諸々試してみて、今週末にでも現像できれば良い。ひと段落したらちゃんとした作品を撮ろうと思う。かねてより温めてあるアイデアがあるので近々それも試したい。アイデアは温めすぎると膿んでくるから、適切にアウトプットしてやるのが肝要。ラジオの方にお便りが来ていたのも返事しないとな。読むより書くのが好きな性分、見るより話すのが好きな性分、メイカー、クラフトマン、クリエイター、なんとでも呼べばいい。空気中に滞留するアイデアの素粒子を力いっぱい吸い込んで、書く、話す、撮る。撮る、書く、話す。順不同。

作品について先人の知恵を借りるとき、そこに大衆の総意は必要ない。一人でいいからその作品について熱弁をふるうものがあれば、その作品は良い作品である。たった一人、たった一人の熱量が伝播して、それが呼び水になって新たなフォロワーを獲得していく。時代に左右されない普遍性を備えた作品は、きっと凡庸な姿をしているか、さもなければ奇抜な姿をしている。追従するのはいつも我々大衆の方だ。生活の狭間に差し込まれるような一過性のチャチなブームにうつつを抜かす。そんなものには目もくれない。流行っているものはそれだけでおれが熱弁をふるうには値しない。今までたくさんの人がおれのこの姿勢を批判したが、彼らが言えたことはただ一つだけだった。「視野が狭い」。と言って彼らは、自分たちの視野の「浅さ」を、鑑みてみることはしなかったし、ディベートに臨む気概も見せませんでしたとさ。あーあ、ばかくせ。