曇天

晴れのち曇り。相変わらずヤー公の事務所に通っている。
空が面積の全部を使って鈍色に発光するから、街のどこにも影がなくて不思議だった。影を探して車の下を覗いたけれど、そこにははっきりとした光と影の明暗なんてものはなく、ただ灰色のアスファルトが徐々に光を失って、湿ったような暗がりに続く階調があるだけだった。光とその波長、それがフィルムに吸収されたときの発現方法を知った今、以前にも増して光を意識して生活している。金沢は晴れにくい街だ。曇りの日が仕方が無いとして、それを撮るおれが知識や方法を模索するしかない。曇りの日でも良い写真は撮れると思う。

東京オルタナ写真部で紹介されていたロラン・バルトの「明るい部屋」を読もうと思ってAmazonで検索したら、3,000円もするので驚いた。一冊に3,000円。薄給の身にこれはこたえる。ただでさえ2月は実入りに乏しいし、4月には固定資産税を払わなければならない。節制を続けて預金が増えるのなら甲斐もあるが、この生活に於いて節制はむしろ徹底すべき事項で、穏便に暮らしていくのに必要不可欠なスキル。かつて何者かになれると夢想して、その想いの鮮度を保ちながらこの歳になり、さてどうかと言えば、固定資産税とか自動車税とか、そういう生活にまつわるあらゆる煩瑣な事項に右往左往を強いられている自分自身が、とても気に入っている。多くは求めてこなかったし、自重に自重を重ねて生きてきた。少しずつ世間を理解できるようになり、適切な距離を保つ術も覚えた。おれは今「クダラナイ大人」に矯正されつつあるが、おれは中指を忘れてはいない。