おれたちはずいぶん大人になった

印象深い日々を過ごしている。煙草の吸いすぎで体が重い。
中学の時分から仲良くしている友人のBが、ここにきてのっぴきならぬ状況に立ち置かれている、とゆうすけから聞かされた。奥さんが躁うつ病以下ホニャララの精神疾患を患っていて、いろいろ大変なんだそうだ。突然犬を飼いたいと言い出して、大枚はたいて飼ったと思ったら二日後には里親募集をかけて手放したりするらしい。Bは諸々のことを母親に相談したらしいが、母親は全面的にB妻のフォローに徹し、「おまえがなんとかしてやれ」としか言わないのだという。なんともはや。
伝聞で自説ををたくましくするのは行儀悪いと心得つつも、おれにとってBは大切な友達だから、何か力になれればという気持ちはある。こういう「誰も悪くない」事案は解決がとても難しい。「病院とかは?」とゆうすけに訊いたら、本当は東京の病院に通わせたいが、人が殺到していて入れないらしい、と教えてくれた。おれは首を垂れるしかなかった。
やっべーな、とおれが言ったら、やっべーよ、とゆうすけが答えた。おれたちはずいぶん大人になった。シンプルな動機だけでは生きていけなくなった。稼がなければならないし、妻を娶ったなら守らなければならない。社会に出て生きていくということ、生(なま)の人生、そういうものに直面している。おれはなんだか気が重い。

15時、缶コーヒーを飲みながら、目の前の校庭でサッカーに高じる子供たちを眺める。西日が柔らかい影を作り、名前の分からないでかくてかっこいい鳥が飛び交う。ここ数日おれの頭に詰め込められた印象が、眼前の印象によってまとめられ、囲われて名前をつけられる。既婚の身を嘆く奴、そもそも恋人ができないと言って机を叩く奴、金が無いからって同級生から10万円も平気で借りる奴。妻子持ちでTinderをやる奴、etc。おれたちはずいぶん大人になった。大人になるということが、どういうことか分かるぐらいには大人になった。おれの童心も鳴りを潜めて、目の下にはクマが浮いてきた。悲しくもなく、辛いわけでもない。ただ淡々と、生活が連続していく。おれたちは、おれたちは、もう子供ではなくなってしまった。おれはそれだけが淋しい。