6月6日

めりめりめりめりばりばりばりばり。いやこれはなんでもない。気にする必要は無い。ところで日記のタイトルにサックマイディックを持ってくるブログも無いと思わんか。自分でやっといて言うのも滑稽だけど。

日々何事もなく過ごしている。人の日記を読んでいると、よくもまぁこんなにもいろんなことに直面しつつ正気を失わずに生きとるよな、と思う。いや半分くらいはおれからすれば既に正気を失っとるんだけど。こういう例えが正しいのかどうかはさておき、おれは今マラソン大会で言うところの給水係みたいになってる。走ってる人にエールを送りつつ、自分はパイプ椅子に腰掛けてくだらん記事を流し読みする。おれもかつてはそのマラソン大会に出場したことがあって、結果があまりふるわなかったのでそれ以来給水係を勤めることにした、というバックボーン付き。走ってる人には頑張って欲しいが、ともかく無理はせんでほしい。この世にはか弱い人間を脅かすあらゆるがあるから、是非ともそういうのには捕まらないでいてほしい。

しあわせな状態がずっと続いている。おれがしあわせになっていくにつれて、不幸せな人はおれのことを理解できずに離れていく。仕方のないことだ。誰しも心に余裕がなければ、不信や欺瞞に駆られるものと相場が決まっている。おれは人から優しい人だとよく評されるが、ちょっと違う。おれは自分で決めた人以外全く信用しないし期待もしないだけだ。群衆は総和となって一つの印象になり、おれに何事かを語らせる。それ以上でも以下でもない。そして、そう語るおれも群衆の総和に含まれる個人であり、何者かによってカテゴライズを余儀なくされる印象の一端である。

書いては消す、書いては消す。おれはよほどのことがなければ書いたものを消さないけれど、「つくってなおす、ときどきこわす」が人間の持ち得る力なのだとすれば、書くことももちろん、消すことにも意味がある。

帰宅して弁当箱を洗って風呂に入ってパルムのご飯をレンチンして自分のご飯を食べてソファに座った途端に揮発していくやる気。パソコンでも点けるかと思うけど、点けたところで何をするわけでもない。仕方なしにマイクラする。これも1時間くらいで飽きる。読書しようかと思うけど読むスピードが遅いので自分で自分にイライラしてこれもやめる。自由に縛られている我が生活。

なんやかんやするうちに妻が帰ってきて、9時くらいからKと通話繋いでモンハン。こんな日々がずっと続いている。何事もないといえば何事もなく、疑問を差し挟みさえしなければ着々と生きて行けるこんな人生に、鬱屈としていると言えばやはり失礼に当たるように思う。この生活を享受できるのは自分の尽力ではないという実感が抜けない。と言ってそれが鬱気を産むこともないから 別にどうでも良いのだけれど。またマイクラをやる。

*** *** ***

ここまで書いた日記を下書きにブチ込んでそのままにしていた。いちいち日付を打って書くような日記でも無し、書き溜めておいて適当に溜まったらここに放り込むぐらいでちょうどいいのかもしれん。というか記憶力が悪すぎて、その日一日何が起きたか思い出すのに15分はかかる。今日はひたすらマイクラをやって過ごした。マイクラ以外はベスパの給油のためにちょっと外出しただけで終わった。湊鼠の公募をしつこくかけ続けているけど一向に誰からも連絡が無い。でもおれはビビったりしない。人に受け容れられない苦しみを受け容れてこそ、人生の本当の部分が始まるのだと信じている。