coolについて

最近、”cool“というフレーズにハマっていて、なんかあるたび事あるごとにこれをひけらかす。主に奥さんに。
僕は気づいている。これは直感が欲している一種の成長であって、熟考する必要があると。
今までもずっとそうしてきたし、これはきっと今の僕に必要なものだと思う。

”cool“は観点

僕の中での”cool“の位置づけは、一つの観点。世界の捉え方。
ある行いを善いか悪いかで図るように、coolか否かで図る。
複数の観点を自分の中に持つということは、そのぶん自分の視野を拡張するということになる。より大きく世界を受け入れ、別の角度から考察し、物事の多面的な解釈を可能とする。
何をもってしてcoolとするかは、その人その人の価値観に委ねられる部分が多いと思うが、でも僕はそこに一つの解があるのではないかと考えている。
つまり、「これこそがcool」と言える何か。僕はその何かをまだ知らない。
だから考える。手に入れる。

 

・”cool“じゃないもの

まず「何がcoolじゃないか」を列挙していこうと思う。

 

・「ネチャネチャしている」こと

奥さんと録画してあった「探偵!ナイトスクープ」の大晦日SPを見た。ゲラゲラ笑って、中盤出てきたある依頼者の件で奥さんと意見が一致した。
依頼者(24)は大好きだった彼女と別れ、ものっそい落ち込んでいる。落ち込みすぎてオリジナルソングまで作ってしまった。だからこれを同じように失恋で落ち込む男子の前で披露したい、その手伝いをしてほしい、とのこと。
この時点で奥さんは「キモチわりぃ〜(笑)」と死ぬほど煽っていて、その姿を見て僕は爆笑した。
たしかに、彼は「coolじゃない」。ネチャネチャしている。ねり損ねたねり飴みたいに。
あと最後に「空は、繋がってるんで…」って言ってたのもポイントが高い。

・「自分にうそをつく」こと

僕の会社にいるクソ上司を例に挙げてみる。
彼は目下の人間を馬鹿にするし、決して同じ男として扱わない。
それは、同じ人間として扱ってしまうと、逆説的に成り立っていた自身の肩書が危うくなるから。
僕らを馬鹿にして、仕事ができないという事にしておけば、それを言っている自分の身は守ることができる。
だから彼は僕たち、ひいては他人が怖くて仕方がない。
怖くて仕方がないから、必要以上に絡むし怒鳴るし支離滅裂なことを言う。
魂、そこから出る感情というのはどうしたって無視できないものだと思う。この場合、彼は「他人が怖い」という自分の感情(魂)を恥じ、それを悟られないようにことさら僕たちを押さえつけている。
自分が何をしているか、彼にはきっとはっきり分かっている。大して興味の無い若い男を、自分の感情を隠すためだけに利用しているということに。
とすれば、彼は自分(の魂)にうそをついていることになる。「自分ではっきりわかっていることを、自分ではっきり破っている」。
自己を認める土壌が心に出来ていないから、ファストファッション感覚で手に入るそこらの正論を身にまとって生きている。
これは、たとえ理に適っていても「coolじゃない」。

・人の目が生きる指針になっている

たとえばここに画用紙があるとする。
ある人はそれを端から順に黒く塗っていき、すると最後は中心に丸い空白の部分ができた。
その空白こそが、「自己」。
これは”cool“じゃない。
黒く塗りつぶされた部分が世間の目だとすれば、その空白はそれ以上大きくなれない。でも小さくなることはできる。自己の縮小。
”cool“というのは、まず先に中心に黒丸を据え、それをどんどん拡張していくこと。そこに世間の目が介入する余地はない。
人の目が自分の生きる指針になっていて、人の目によって自分の形は丸にも四角にも三角にも変わる。これは「coolじゃない」。

 

では次に僕がcoolだと思うものを列挙していく。

 

・「紅の豚」のポルコ

僕はジブリ作品の中で、「紅の豚」が一番好きだ。
あのでぶでぶした豚ことポルコ・ロッソのcoolさ。分かるかなぁ分かんねぇかなぁ。
しかし、いつも僕はここである大きな壁にぶちあたる。それは、「ポルコはぜんぜんcoolじゃない」という事実だ。
仲間に先立たれ、豚の姿となり、それでもアドリア海を自由に飛べるだけましかと思えば、アメリカ野郎のカーチスにつまらん理由から撃墜される。
なじみのピッコロ社に修理を依頼したら、ケツの毛までむしりとられて鼻血も出なくされたうえ、修理を指揮するのは17歳かそこらの小娘。
なんだこれぜんぜん”cool“じゃない。負け犬かな?
彼の生き方の根幹、つまり彼の魂にあたるものは、「空を飛ぶこと」。それがすべて。それ以外のもの、たとえば国家とかそういうくだらないスポンサーには興味がない。ただ彼は、愛機を駆って大空に飛び立つ。
時には、いやもしかしたらいつも、”cool“っていうのは「”cool“じゃないもの」をも含んでいる。
「そういうことはな、人間同士でやんな」 – 僕の大好きな台詞の一つ。魂を忘れたもの同士、すきにやってろ。
これこそがcool。

・the pillows

彼らの書く歌詞は、とても儚い。

たとえ世界がデタラメで タネも仕掛けもあって
生まれたままの色じゃ もうダメだって気づいても
逆立ちしても変わらない 滅びる覚悟はできてるのさ
僕はStrange Chameleon
– ストレンジカメレオン

coolであるというのは、「かっこいい」という一義的な意味だけではない。
かっこいいだけなら、世間をにぎわしてるロックバンドの方がよっぽどcoolといえる。
でも僕は、間違いなく彼らpillowsこそが、coolそのものだと感じている。
生まれつき備わっていたもの、言い方を変えれば、それしか与えられなかったもの。
フェアじゃないこの世で、しかし自分の生き方を貫くこと。魂を発見すること。
とっくに、それこそ「こう生きる」と決めたときから、いずれ自分の身を滅ぼすであろうと気付いていた信念。
でも、逆立ちしたって変わ「ら」ない。変わ「れ」ないんじゃない。変わ「ら」ない。
覚悟はできてる、さぁ来い。
彼らの歌う曲は、一貫してこうした世界観上にある。自分の信じるもの――それがたとえどのようなものでも、それを「信じた自分」を信じて。
これこそがcool。

・group_inou

これもまた僕の好きなアーティスト。
彼らの書く曲のリリックは、非常にニヒル。虚無に近い。

熱気を読み取り 二人のリビドーよりも愛情って マジですか?
あっかんべと返さずベットイン ずんずん奥突く 到達
寄り添うよりも 支点 間接 力学 空間把握能力
手数 フィルインでイカす 漕ぐ
むこうの先端 到着
– COMING OUT

たとえば人は何かを表現したいと思ったとき、それを絵にしたり、僕のように文章にしたり、また彼らのように音楽にしたりと形を工夫する。
じゃあ彼らは音楽を通して何を伝えたいのか?
その答えは、「音楽」である。彼らは音楽を伝えたくて、音楽をやっている。
そこにこのニヒルな歌詞の意味が隠されている。彼らはただ素っ頓狂なことを面白がってやってるんじゃない。
彼らが伝えたいのは、「自分たちの音楽そのもの」。なればこそそこにメッセージなどわざわざ入れなくていいし、共感とかそういうのもいらない。
どうにも捉えようのない「それ」を、こうして見事に音楽によって捉える彼らの感性。そしてそれを臆することなく世に出す度胸。
これこそがcool。

・mzfkさん

僕の頭の中にcoolという観念を植え付けた張本人。
彼は僕より15も年上の先輩で、その生い立ちはきわめてハード、かつcool。
あんまりここに書けることじゃないので割愛するが、彼は若かりし頃「なんでもやった」。
ほんとうに「なんでもやった」。どうかこれで察してほしい。
その残滓というべきか、名残りというべきか、彼の体にはびっしりとタトゥーが刻み込まれている。
ここまで書くと、「ただの社会不適合者じゃないか」とつまらん正論を吐く人が出てくるだろうが、まぁ話を聞いてほしい。
彼が悪さをする理由――それはほかでもない、「必要なことだったから」だ。
目立ちたくてやったとか、一目置かれたかったからやったとか、そんなんじゃない。ただ彼は、「自分が自分としての魂を失わないように」生きるため、そうした悪の道を選んだ。
多くの人は、そうした道を選ばずとも生きていける。いや、彼だって選ばない道はもちろんあった。でも、そうしなかった。
さっきのpillowsの話に戻るが、彼らが「ストレンジカメレオン」で歌ったのは、フェアじゃないこの世でそれでも自分の魂を信じて進む人の姿だった。
group_inouもそう。彼らは自分の「音楽性」という魂を、ひたすら素直に「音楽で」表現した。
mzfkさんも同じ。持って生まれた自分の魂、おやこれはなかなかどうして作りが歪、手に余る。
でもmzfkさんは自分の魂から決して目を逸らしはしなかった。「ネチャネチャしていない」、「自分にうそをついていない」、「人の目が指針になっていない」。
その魂が、いつか身の破滅をもたらすのだと、彼はきっと気づいていた。もともと頭の良い人だし、何より自分を大切にする人だから。
そして、それらすべてが「さりげない」。さりげないのに、それが一番目立つ。
矛盾が矛盾として存在する、宇宙的な姿勢。

これこそがcool。

 

・結局なんなん

考えてみたけど、やはりよく分からない。
もしかしたら、”cool“というのものを捉えるには、まずもって”cool“である必要があるのかもしれない。
group_inouが自分たちの音楽を音楽で捉えたように。

僕たちはみんな、捉えられぬものをこそ捉えようとするし、またそれに強く惹かれる。
”cool“は間違いなく僕の前に顕現しているのに、捉えられない。どう触れたら良いか分からない。