そつなく、あわてず、ていねいに

僕は今年で25歳になる。四捨五入したらもう30歳だ。
若い頃は勢いで行けた部分が がそうではなくなるという漠然とした予感があるし、これからは見てくれではなく中身で勝負しないといけないなという思いもある。
「30代は、大人の10代」という言葉を知っている。これはなかなか深い。
10代といえば、多くの人が悩みに悩む時期だ。主に自分について。時には死すらチラつくほど悩む。頭がおかしくなりそうになりながらも、めまぐるしい毎日を過ごす。
僕の10代は、胸を張って人に言えるものではない。自意識過剰で、だらしがなくて、この世のほとんどを憎んでいた。
言いようの無い不安、漠然とした絶望感(むしろ、漠然としているからこその絶望感)が常に心の中に渦巻いていた。何かにつけて「自覚」を求められ、それができない自分が憎くてたまらなかった。
「30代は、大人の10代」というのは、10代のあのころの感性がまた戻ってくるという意味だろうか。
だとしたら、それは素敵なことだと僕は思う。あの頃の、全身性感帯みたいな感覚の鋭さみたいなものは失いたくないと思っていたから。

闇金ウシジマくんを読んでいて、次のような台詞を知った。
「女性ははじめからアイテムが揃っている。男は生きながらアイテムを獲得していく」
これはおもしろいなと思った。ちょっと抽象的だし曖昧な部分もあるけど、おおむね間違ってない気がする。
若い女の子というのは、それだけでものすごい価値がある。女子高生が無敵なのは、マリカーで言うところのスターを取った状態みたいなもんだからだろう。ジャマするものは蹴散らし、ぬかるみもなんのそので猛進していく。見ていて非常に気分が良い。
逆に若い男というのは、体力が有り余ってる以外はさして使い道が無い。なににも増して「これから感」の漂う状態だ。
だから女性はアイテムを出し惜しみしながら生きなくてはいけない。男はより多くのアイテムを獲得できるよう努力を怠ってはいけない。
若さに任せて無茶苦茶をした男は大成することがあるが、女の子はその限りではないということ。
この台詞に出会ってから、僕はより一層「男は30代からが勝負」だと考えるようになった。
偉そうなことをべらべらと書き立てたが、僕はアイテムを獲得するための努力に関しては閉口するしかない。勉強は嫌いだから見向きもしなかったし、かといって何か別のものに打ち込んだ過去もない。
25歳を目前にして、もううざったい自意識とかに悩むことはなくなったし、幸福が何たるか、愛が何たるか、生きるとは死ぬとは何かに対して自分なりの解釈を持てるようになった。
いつまでもだらしねぇ思想とだらしねぇ生活を続けるのはcoolじゃないし、第一そういうやつはモテなさそう。僕はもう既婚だから女性にモテてもしゃーないけど(無論嬉しいことだが)、同性にもモテないとなれば救いようがなくなってくる。

大人になると、10代の頃のことを忘れてしまうらしい。あれほど悩んだ日々を、苦悩を、その根源を、あっさりと忘れてしまうんだと。
僕はそれは嫌だと思う。10代でたっぷり汚した壁にペンキを塗って分からなくしても、そこに汚れがあったということはしっかり覚えておきたい。役に立つ立たないじゃなく、ただ僕個人のやり方として。
将来、僕に子供ができて、高校生になり、いろいろ思い悩む時期が訪れたとして、その時に助けになってやれないのは絶対に嫌だ。そういうのもあって、僕は10代を忘れたくない。
そういう点で見れば僕はラッキーなのかもしれない。高校を中退したという事実はこれからあらゆる書面にしたためられるだろうし、そうなれば嫌でも10代を思い出すことになるだろうから。

僕はその辺に居る、面白い話の一つもできないような奴らと一緒の人生を歩むつもりはない。みんなが靴紐を結んでいる間に、フライングと言われようが、僕はお先にスタートさせてもらう。あんたがたは僕を後ろから指さしながら、馬鹿だのアホだの好きなように罵ればよろしい。

「そつなく、あわてず、ていねいに」。

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