lunatic

lunatic=狂気

むかしむかし、人は月によって狂うと信じられていたらしい。
月が夜空に顕現することで、人々は正気を失い、精神の均衡を失うのだと。
現代でそんなことを言えばそいつの頭がlunaticと言われること請け合いだが、でも僕は妙にこの説が気に入っている。
生来「こう!」と決められた固くて重い理論みたいのが嫌いだから、どこかに逃げ場を求めようとするんだろう。

満月の月をぼーっと見つめながら煙草を吸っていると、なんだか不思議な気分になることはある。
宇宙があって、銀河があって、地球があり、そこに日本という国があって、金沢というcityがあり、そこに居る、僕。
このなんだかわからんスケール、それに思いを馳せるとき、頭ん中に何か大きな空洞ができたような気さえする。
その空洞には何もない……ただ僕以外は。気付けば煙草の火はずいぶん進んで、灰は今にも零れ落ちそうになっている。または、すでに零れている。
人間は野生の本能として、新月の夜に出産することが多いらしい。ドラマのコウノトリで知った。なるほど月明かりの無い方が確かに安全。理に適っている。
女性の生理が月の満ち欠けと密接に関係しているのも面白い。そうした神聖な内臓(子宮は人間の内臓のうちでも最も神聖なものだと思う)と宇宙に浮かぶ月が関係しているなんて、なんだか不思議なことじゃありませんか。

理性が狂うのか?魂が狂うのか?

僕は人間の理性というものにあまり重きを置いていない。それほど信用もしていない。
それならば直感を信じるほうが楽しいし、直感を信じて過ちを犯し、その経験を経てさらに直感に磨きをかけるという「透明なものを研ぐ」人生の方がcoolだと思っている。
むかしむかしの人が言っていた「狂気」というのは、理性が狂うことを指すのだろうか。それとも魂が狂うこと?
理性が狂うならさほど問題ない。時計に例えるなら、単純に正しい時間を指さなくなっただけのことだから。
しかし魂が狂うとなれば話は変わってくる。秒針、分針、時針の抜け落ちた時計のようなものだ。それは時計じゃない。時計たらしめているものがなくなるという事は、それは真の狂気に他ならない。

僕は今日も内なる狂気をつつきながら満月を見上げる。

「月よ、人のために哭いてくれるかい?」

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