微笑、いつまで残すか問題

誰でもいい。人との別れ際を想像してほしい。
出来れば今生の別れとかじゃなくて、近いうちにまた会うような人との別れ際。

「じゃあ、また明日」
「お疲れさまでした」

たぶんそんなところだと思う。
その時、無表情のままスッと居なくなる人というのは、ちょっと想像できない。いや僕の了見が狭いというのはあるけれど、でもきっと多くの人は微笑を湛えて人と別れるはずである。仲の良い友達とか同僚とかだったら、満面の笑みかもしれない。恋人同士なら照れ笑いかもしれない。ともかく、人は人と別れる際には、大概、笑っている。

そうした前提を踏まえたうえで、ここにある1つの問題を提起したい。
すなわち「微笑、いつまで残すか問題」。

想像してみてほしい。あなたは今、友達であれ同僚であれ恋人であれ、誰かと別れた直後だとする。

「また明日!」「お疲れ様!」「今週の土曜日ね!」

きっとあなたは笑っている。笑っているに違いない。無表情で言っているんだとしたら大したもんである。そんな大したもんがそこら中に居ては何かしらの平均値に狂いが生じてくるから、とにかくあなたは笑っていると前提する。
目と目を合わせて頷き合い、あるいは照れ合い、そして踵を返して帰路に就く。顔にはまだ微笑が残っている。

さて、この微笑、いつまで顔に保とうか?

僕が会社の先輩と別れる際のケースを例に挙げよう。
その場合は、おおむね「6秒程度」。無論、6秒経ったら機械的に無表情に戻すというのではない。
微笑を湛えて人と別れた後は、まず他人に微笑を悟られないよう(なぜかと言うと、赤の他人からすればひとりでにニヤついている変質者にしか見えないからである)、つま先に視線を落とす。この時点で無表情にしようと思えばできるが、しかしそれでは相手に失礼である。この相手に失礼というのが、人が人を想ういじらしさに満ちていてとても美しいと僕は思う。たとえ相手がすでに無表情になっていても、こっちが気遣って微笑を残していることを全然知らなくても、とにかく、つま先に視線を落としまま微笑をキープするのである。
それから、ゆっくりと顔を上げて天を仰ぐ。この時の顔は微笑というよりもはや恍惚といった方が適切かもしれない。きっと人に見られれば、「オイ見ろよあいつ、多分家に帰ったらポエムとか書きだすんだぜ」と言われること請け合いである。
それからゆっくりと視線を自然な位置に戻し、微笑をフェードアウトさせる。しかし、これは僕個人のやり方であるが、そのままフェードアウトさせるのはいささか不躾な感じがするので、無表情に向かう契機としてかゆくもないのに鼻をこすってみたり、眼鏡を外して目をこすってみたりする。そして次の瞬間には、無表情。
ここまでが僕のケースだとだいたい6秒。これで、「また明日(もしくは近いうちに)会いましょう」という余韻を、自然な形で自分の中に残すことが出来る。
変に尾を引かない、実に美しい別れ際だとは思わないだろうか。僕は思う。

ちなみに、この問題に関してははじめから正解など存在しない。
もう一つ例として、付き合って間もない男女の別れ際を想像してみよう。

ここに、共に齢19の男女が居る。まだ肉体関係は結んでおらず、初々しい雰囲気に満ち満ちた非常に可愛らしいお2人である。
2人で一日デートした後、互いに「あっ、たぶん次のデートでセックスするな」と暗黙の上で了解している。なんとも甘酸っぱい青春の1コマである。

「じゃあ、来週土曜日…」
「うん」

こんなやり取りの後の女の子側に注目してみよう。いくら何でも、6秒で微笑が消えるようなことがあるだろうか?
想いを寄せる男子と別れた直後の彼女の顔には、幸福そのものの微笑が張り付いている。そして、視線は真っすぐ前を向いている。他人にどう思われようが構わない。恋する乙女の無敵さは僕たちメンズの周知するところである。
彼女の目はとろりと潤み、今日一日のすべてを反芻する。あそこに行った、あそこにも行った、映画を見た、ご飯を食べた……。
この時点で優に20秒は経過している。しかし彼女の微笑は止まない。
反芻を終えた彼女の微笑は一旦消えそうになるものの、再び勢いを増して戻ってくる。「来週、セックスかもしれない」。彼女は照れ、ひとりでに顔を赤らめる。そのうち、辛抱溜まらずベンチに腰掛けたりする。天を仰ぐ。月を見る。ぼんやりする。
1分経過。

このように、人との別れ際においていつまで微笑を残すかという問題は、ケースバイケースであって、これといった正解は無い。
とはいえ、ケースごとの最適解はあると僕は考えている。たとえば上の例であげたように、付き合いたての男女の別れ際に於いて片方の微笑が5秒も持たないというのは、ちょっと想像できない。まぁ男の方は変にクールぶって、最初から無表情かもしれないが、でも心の中では満面の笑みに決まっている。
逆に、明日また必ず顔を合わせる会社の同僚に対して、1分以上も微笑を残しておくのは不自然である。
また、初めから微笑など存在しない別れ際だって当然ある。もう二度と、もしくはこれから先しばらく会えない人との別れである。
そんな時、人は唇をきっと結んで、真っすぐ相手の目を見つめて名残惜しそうに踵を返す……。

ここまで書いたところで、改めて問いたい。

あなたは、微笑、いつまで残しますか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA