“クソ”の魔力

僕はよく「クソ!」とか「クソ○○」という言い回しを使う。もちろんこれは文章だけではない。普段からもよく使っている。
以前、「ェ」の魔力という記事を書いた。→ 「ェ」の魔力

今回もそんなテイストで行こうと思う。

口に出すと気持ちいい

いきなりドスケベな見出しで始まってしまって申し訳ないが、今この記事を読んでいるあなた、可能なら大声で、不可能なら小声でちょっと言ってみてほしい。

「クソ!」

まず、アクセントがすべて「ク」にかかる。舌の一番力のありそうな部位を上あごに押し付けて、「ク」。そして「ソ」はちょうどいい余韻の役目を果たす。これにて、「クソ!」なんとも溌剌とした語感ではないか。
ポイントは、「クソ!」には何の感情も乗せないという点。イラついているとか、落ち込んでいるとか、そういうの関係なしに、「クソ!」は純粋に言って楽しい言葉である。何かを吐き出すための触媒としての役割は、むしろ薄いといって良いと思う。
怒りのあまり放たれた「クソ!」は、感情の濃度が強すぎて活き活きした語感が損なわれる。落ち込んだ時の「クソ…」は、取り返しのつかない失態を犯した後のような雰囲気が漂うので溌剌としない。

背徳感がある

いい歳になれば、日々の生活の中である程度の気品は求められて然るべきだと思う。
用を足したら手を洗い、ハンカチで拭く…服の皺はとっておく、ネクタイはきっちり締める、髪は常に清潔に。
そんな生活をずっと続けていると、自分が量販店に売られている何かの商品と思えて仕方がない。無論、商品は商品然とすることをおろそかにしてはいけないけれど、でも家電製品とかだってたまにはわがままを言ってみたくなるものだ(余談だが、実家にある電子レンジはどれだけ加熱しても必ずたこ焼きの裏っかわのところが冷たかった)。
だからこそ「クソ!」。この言葉の前では、美男美女も関係ない。可愛く言ってみる、かっこよく言ってみる、そんなのどうでもいいじゃないか。肩を組んで一緒に叫ぼう。「クソ!」

優秀な接頭語になる

「クソ」は単語としてそのまま使うのも良いが、別の語句と組み合わせて接頭語として使うことで、ポテンシャルを発揮する。
たとえば猛暑の日があったとして、「すげー暑い」と言うのと「クソ暑い」と言うのでは、やはり後者の方がより明確に暑さに対する嫌悪感を表現できていると思う。
クソ寒い、クソ高い、クソでかい、クソだるい。微妙なニュアンスではあるものの、寒いことや高いこと、でかいことやだるいことに対する少々の嫌悪感、畏敬感がうまく表現できているとは思わないだろうか。
「クソ」を接頭語として多用することで、話全体のインパクトを底上げすることができる。低俗なテクニックのような気がしないでもないが、ともかく、話というのは多少盛ってでも相手をこちら側に引き込まなければいけないのだから、この程度は許されると思う。

これらを踏まえたうえで、例文を2つ見比べてみよう。例1は「クソ」を使わない方、例2は極力「クソ」を使う方である。

例1.

今日すげー暑かったなぁ。もうすぐ秋だっていうのに嫌になるよ。
秋といえばさ、焼き芋だよなんつっても。スポーツとか読書とかいうけど、友達数人とたき火を囲んで芋を焼くっての、ほんと楽しいから。
それで、昔話に花が咲いたりするんだよな。酒なんて無くていい、芋とたき火ができる公園があればそれで青春だね。

例2.

今日クソ暑かったな。もうすぐ秋だっていうのにクソだよ。
秋といえばさ、焼き芋だよなんつっても。スポーツとか読書とかいうけど、友達数人とたき火を囲んで芋を焼くっての、クソ楽しいから。
それで、昔話がクソ盛り上がったりするんだよな。酒なんて無くていい、芋とたき火ができる公園があればそれで青春だね。

正直に申し上げるが、やはり文章だとどこかインパクトに欠けるので分かりづらかったかもしれない。僕の「クソ道」もまだまだである。

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