男のチ○チ○は屹立する中指

男として産まれたからには、社会に中指をおッ立てておくべきだというのは僕の狂った持論であるが、ここにきて衝撃の事実を発見してしまった。

即ち、男のチ○チ○がエレクトするとき、それはつまり社会に対して垂直に立てられた中指であり、反骨精神の生々しいシンボルなのである。

人が何かに中指を立てる時、それは同時に自分にも中指を立てていることになる。実際にやってみると分かりやすい。中指を立てて自分の眼前に持ってくると、それは公衆に対してはもちろん、自分に対しても屹立する中指であることがよくわかる。人を呪わば穴二つ、とか何とかいうが、それに類した何かであろう。
男のチ○チ○、肉体の一番真ん中にあるそれがエレクトする様は、至極滑稽でもあり、どこか愛しくもある。いつの世も虐げられ、辛酸を嘗めさせられてきた生物としての「男」の、社会に対する、自然に対する、せめてもの報いであるといえよう。
こうしたことから、男は両手とチ○チ○を併せて三本の中指を持っていることになる。ことチ○チ○は極太の中指であり、エレクトし屹立する様は両の手の中指の比ではない。人によっては、両手のを2本併せてもチ○チ○の太さに届かないという人も居るだろう。
これが意味するところはつまり、男は産まれつき社会や自然に対して、決して自分を売るような真似はしないと硬く誓って母体を脱するということである。
これを逆説的に証明するのが、インポテンツの存在である。
インポテンツは不健康な生活を続けることで発症する生活習慣病である。これを上記の理論に当てはめて考えると、俗世間に染まってしまったが故に正しく中指を立てられない状態のことを指す。
男として産まれ、高貴な魂を持って歩んでいくはずが、世の様々な事象に揉まれるうちに魂を見失い、やがて淫蕩にふける。そういう男がインポテンツに陥るのは、医学的な観点からいっても、こうした超精神的な観点からいっても実に妥当である。

ここまで話したところで、チ○チ○とは切っても切り離せない関係である女性についても触れておこう。男のチ○チ○を中指と見立てることにより、男性に対する女性の立ち位置、チ○チ○の哀しくも愛しい習性、などが見えてくる。
世の男性諸君は熟知のことと思うが、見事にエレクトした中指は、女性の手ほどきを受けることで呆気なく陥落し、世にも醜悪な謎の白い液体をほとばしらせた後萎えしぼむ。絶倫と呼ばれる人種は、それでもなおエレクトを持続させることができるが、それにしたって限度がある。限度がある以上、絶倫といっても特別な意味は無い。
この悲しき中指の習性は、男にとっても女性にとっても大きな意味を持つ。
すなわち、男はいつの時代も女性によって慰められ、愛されてきたのである。
この世をブチ壊したい、何もかも破壊してしまいたいという男の危険な反骨精神がエレクトしたチ○チ○という形をとって現われたとき、女性は母性によって、また慈愛によってそれを覆い、慰め、事が起きる前に押しとどめていたのである。
世間的には危険と見做され、眉を顰められるヤクザやアウトローほど、良い女を連れて歩いているのはそういうことである。彼らのような反骨精神あふれる危険な男には、それに見合った「良い女」が必要不可欠なのである。
ここまで読んで男尊女卑とか言い出す人があるかもしれない。しかし僕は、そんな次元の低い話をしているのではない。男があって女があり、女があって男がある。この動物的繋がりは神秘的であり、人間たちのこしらえた素朴な愛をやすやすと凌駕する。

男目線でモノを語るのがフェミニスト諸兄、諸姉を憤慨させるのであれば、よかろう女性目線から中指の意味するところを語ろうではないか。
女性のシンボルは膣、言い換えれば穴である。この表現が気になるのであれば、男性のモノを棒とでも呼んでおこう。
これの意味するところは、無限の孤独。永遠に埋まることの無い、絶望的なまでの孤独である。女性は肉体ド真ん中に、穴を穿たれて母体を脱する。
その穴は決して満たされず、自分一人で埋めることは叶わない。それは女性の持つ宿命、カルマである。
そこに収まるのは、他でもない、エレクトした男のチ○チ○である。きゅうりの浅漬けでもなければ、バナナでもない。立派にエレクトした男の極太の中指のみである。
男の持つ反骨精神の表れ、すなわち男の持つ高貴な魂が膣に差し込まれるとき、女性は真の意味で孤独を脱することが出来る。真の意味で孤独を脱することが出来るのは、人間のうち女性のみである。女性は肉体に穴を穿たれて産まれる代わりに、孤独を一等高い次元で癒すことができるのである。たとえばゲイがケツにチ○チ○をブチ込まれたとしても、これほど高い次元で孤独を癒すことは叶うまい。僕はゲイじゃないから分からないが、きっとそうだ。
女性のオーガズムは男のそれとは比べ物にならないと聞く。それは、真の意味で孤独を癒された女性の高貴な魂が、現世にオーガズムとして顕現しただけのものである。
一応、両手の貧相な中指で女性を満たすこともできなくはない。しかしそれは「前戯」の言葉が示す通り戯れである。男女の調和を真のものにするものではない。

さて男性諸君、いくら自分の頭の出来が悪くとも、安心してほしい。この講義を通して、諸君の額にサード・アイが現れたろうと思うから。明日から君たちは、股間に高貴な魂を抱き、社会を改革せんと猛進し、女性を愛することの真の意味を知り得るだろう。おめでとう。

ちなみにこの話を妻にしたところ、「情事の際にそれを思い出して萎えたらどうすんだ?」と言われた。

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