嘴広鸛

周りがせっせと勉学に励み、現実世界に対抗する素養を磨いている傍ら、僕はこの世を如何にナナメから見るかということに夢中だった。しなくても良い考察、要りもしない知識で頭をパンパンにすること数年、気づけば僕は立派なつまはじきものだった。そして僕は、つまはじきものである自分に誇りを抱いた。「自己」の獲得方法としてこれは、あまりに俗すぎたかもしれない。しかしとりわけ才能もない人間が無限の自己を獲得しようとしたら、多少の卑怯でも許してもらわなければやってられないと思う。
他者から見ればおとなしそうに見える僕の内面には、しかし無法者が住んでいた。不用意に近づこうものならショットガン片手に怒鳴り散らし、時には本当にブッ放すこともあるような、危険な輩。僕は手に余るソイツを自分自身だと信じ、誰からも愛されないソイツを抱擁した。ショットガンをブッ放されても構わなかった。
自由と孤独が抱き合わせだということを、僕はpillowsが歌う前からよく知っていた。いつしか僕は外道の美学に翻弄され、愛と幸福について真面目に考えるようになった。他者と同じ生き方から得られるものは、手のひらに収まる程度の収入と幸福でしかない。若造の僕には、それを実感として感じ得られるだけの経験が無かった。だからそう信じることにした。世間並みの生き方を選んで、そこそこの幸福に甘んじるくらいなら、僕は産まれてこなかったも同然だと思った。
手に余る幸福、手に余る愛、手に余る人格。自分一人の身体では到底収まりきらない何かに、ずっと興味があった。それが真理だと思った。それが人を救うと信じていた。
自己を見出した僕が次にやろうとしたのは、どこまでいっても規定してくるこの「自己」をこそ超越し、共感覚を得ることだった。心に住む無法者はあらゆるものに反駁し、向かってくるものを殺し、そして最後に残ったのは、自分自信、無法者を住まわせているこの僕に他ならなかった。
ここから出せと彼が叫ぶ。しゃがれたその声を、僕は何度も聞いた気がする。僕はそんなアイツが愛しくて仕方が無かった。どうにかして出してやりたかった。試行錯誤する中で、僕は突然、あることに気付いた。彼の生殺与奪は、この僕が握っているという事に。造作も無く、ただ押し潰せばそれで済むという事に。こんな簡単なことに、25年、僕は気付かないで居た。気付かないでいたことが、僕の誇りの根源だった。
しかし彼はずっと知っていた。自分はいつでも、僕によって殺されるのだということを。

まず産まれてきた意味を欲した。ある時点でそれは、産まれてきた意味を後付けしていくことに変わった。次に、産まれてきたことそのものに意味があるのだと実感を通して理解し、そして、暫定的にではあるが幸福が何たるかを悟った。それは街だった。それは人だった。それはあらゆるすべてに他ならず、そのあらゆるものの中に生きる自分自身そのものだった。幸福とは、不幸と対に語られるものではなく、絶対的なものであることを知った。
愛も然りだった。愛はただ存在そのものだった。上も下もなく、右も左も無く、触れるために梯子もシャベルも必要としない。どこにでもあって、常に人と共にある、それが愛だった。

適度な懐疑、適度な信頼、適度な愛、適度な幸福。そんなものははじめから存在しない。そんなものに甘んじる人生なら、いつ終わっても結構だ。偽善者だとか、理想主義者だとか言われても一向構わない。おまえたちは気付いていないだけだ。コツコツやっていればいつかは報われる日がくると、よく考えもせずにそう信じているに過ぎない。均整の取れた人生がやがて、真の幸福を運んでくると信じているに過ぎない。おまえらはまだコウノトリを信じている。待ってりゃいつか幸福を運んでくると。馬鹿もここまでくると手が付けられんよ。看取られながら悟ると良い。幸福とは、人生そのものであったということを。愛とは、自分自身に他ならなかったということを。
僕は嘴広鸛。水辺に佇み、何をも待たず睨む鳥。そんな奴が幸福を悟ってるなんて、思いもよらぬことそれが、人生の甘露というものだろう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA