Graveyard

墓にも持っていけない話というのがある。
どうせ持っていけないのなら、インターネットの余白たるここに記しておこう。

煙草とコーヒー、人工甘味料を供物として生きる僕は、骨の髄までナードに染まっている。活字とインターネットが大好きとくれば、独りの遊び方なんてものは大体制限されてくる。
暇を持て余すと、決まって奥さんの目を盗んで訪れるチャットルームがある。
そこはまさに、魑魅魍魎の巣窟。交わされるのは、大量の活字と少量の写真。跋扈するのはディープな性癖を持った男性、女性。
ある程度形になった長文を書ける若い男というのは、こういう場所では重宝される。幾人かの人に気に入ってもらい、写真を送られたこともあった。ビビりな僕はそれ以上先に関係を進めることは無く、しっかり一線を引いた上で、求められるだけの仕事はこなした。おかげで随分言葉責めのレパートリーが増えたように思う。

その日も、暇を持て余した僕は深夜の抱擁に身を任せ、使い古されたノートパソコンを開き、あのチャットルームを訪れた。奥さんは寝息を立てて眠っている。愛犬もひっくり返って眠っている。
賽は投げられた。
興味をそそる女性を見つけるため、更新ボタンを連打する。すると、たくさんの投稿の中に、明らかにテイストの違う性癖が紛れ込んでいるのに気付いた。

「住んでるところを特定されて堕ちていく自分に快感を感じます…」

僕は目を疑った。いくらなんでもニッチすぎる。おまけに危険すぎる。そう思いながらも、僕は好奇心に抗えず、入室ボタンをクリックした。
当たり障りのない挨拶を投げかける。レスポンスは早い。ということは、少なくとも性癖以外はまともな人であるということだ。
僕が早速本題を切り出すと、彼女は黙って一枚の写真を寄越してきた。そこには、歳の頃19~20歳くらい、細身でスタイルの良い、可憐な子が浴衣姿で映っていた。袖から覗く白い手首が、闇夜にやけに浮かび上がっていたのを覚えている。
僕は再び驚いた。こんな可愛い、言ってみればごくごく普通の女の子の胸中に、まさかあれほどニッチな性癖が渦巻いているとは到底信じられなかったからだ。
彼女は写真を僕に寄越すなり、はやく私を堕としてとせがんでくる。活字会話歴の長い僕はすぐに場の雰囲気を読み取り、「もっと場所が分かるような写真を頂戴」と迫った。彼女は素直に従った。彼女が背徳にゾクゾクしながらも抗えずそうしているのだと考えると、なんだかものすごくソワソワした。
カフェで撮られた写真に続き、プリクラで撮った写真が届く。写真に対して謝辞を送る傍ら、それとなく何県に住んでいるのかを聞き出す。
――愛知県。
プリクラに記されていた「磯丸水産」の文字をたよりに、Googleマップで検索を掛ける。5件ヒット。想像以上に少ない。これではすぐに絞れてしまう。
「愛知県内に磯丸水産は5軒だけだね」と言うと、彼女はにわかに興奮しだし、裏垢に載せるような過激な写真を何枚か送ってきた。質感まで感じられるような乳房の写真、いやらしく舌を突き出し、セーターを引っ張って陰部を隠した写真。僕は突然の僥倖に眩暈を感じながらも、自分の仕事がいよいよ正念場に差し掛かっていることを悟った。
彼女は今自分の背徳行為に陶酔している。自分で自分を堕落させる快感に支配されている。そこまで理解した僕は、
「もし住所がバレたら、近所にこの写真が貼られるかもよ」
と言った。彼女は「マジでドキドキしてきた」と零した。彼女の背徳に巧く付け込めたようだ。
続けて、「交通機関は何を使ったのか教えて」と聞いた。できるだけ段階を踏んで責めていった方が、より詰められている感じがして、相手も喜ぶだろうと思ったのだ。 ――いや、どうせ捨てる文章なら、正直に言おう。

 

僕もバッキバキだった。

 

バッキバキで、だからこそ出来るだけ長くこの時間を愉しみたかった。
「バスです」
「何線から乗ったの?」
「〇〇線です」
「もうほとんどエリアが絞れてきた。乗車したバス停は?」
沈黙。
「まだ言いたくない?」
沈黙。後、
「まだ言いたくないです…///」
そう言って追加でエロ写真を送ってきた。バス停の名前を聞かれて興奮する女の子がこの世に居ると言う不可解さ。彼女の興奮は最高潮に達したようで、スムーズだったレスポンスが不規則なものになる。それを悟って興奮する僕。
「どこから乗ったの?」
沈黙。後、
「やばい…まじで堕ちちゃう…」
「乗ったバス停は?」
沈黙。後、
「〇〇駅です」
「言っちゃった…あたしわるい子なんだ…///」
僕はメチャクチャに興奮しながら愛知県内のバス停をGoogleマップで調べまくった。バス停を検索しながら陰茎をバッキバキにしたのは世界で僕だけだと思う。
いくつかの候補が見つかる。これまでの会話と照らし合わせ、ある一つのバス停が走査線上に浮上する。僕の興奮は最高潮に達し、震える手でマウスを掴み、バス停の名前をドラッグ、コピー&ペーストして相手に伝える。
沈黙。
…沈黙。
――沈黙。
待てども答え合わせは行われず、僕は肩透かしを食らったような気分になった。そこで考え方を変え、次のような仮説を立てた。

①急に背徳行為が恐ろしくなって席を立った
②自慰行為の果てに絶頂して頭が真っ白になっている
③バス停の名前が違っていた

僕は沸騰する脳をフル回転させ、ひとつまみの合理性と多量のリビドーを頼りに、②であると結論付けた。
即ち、バス停の名前で絶頂する女と、バス停の名前でバッキバキに勃てている男。
ここに二人。

 

さあ、

 

これは、墓にも持っていけない。