893の事務所に赴いた時の話

うちの父親は社長だ。
これは偏見ではないのだけど、やはり権力やお金のあるところには、闇も存在していると思う。
そういうわけで(?)、父親は893とのコネがある。
それが今も続いているか分からないし、いつどこでどうやってお世話になったのかも知らないが、とにかくコネがある。

その事務所に、僕は16歳かそこらで連れていかれた。
今日はその話をしよう。

父の交友関係

 

あれは、高校に入ってすぐのことだったと思う。

 

「おい、人に会いに行くから、おまえもついてこい」

 

父にそう言われて、僕は意味もわからないままついていった。どうせ暇だし、それに父の交友関係というのも若干興味があったからだ。

自分のような人生かじりかけのクソ若僧どもの価値観にはもう飽きていたし、どうせならクセがあっても全く違う人の話を聞いてみたいという願望は常々持っていた。

 

「行くわ」

 

二つ返事でOKした僕は、父が運転するTOYOTAのアイシスに乗って国道へ出た。

しばらくすると、車は高級住宅地に入った。
どの家もキッチリ手入れされていて、それだけでもう住んでる人の教養の高さが窺い知れるようだ。

僕はというと、若干緊張していた。というのも、この時点である程度察しがついたからだ。

父は上品な人ではない。どちらかといえば昭和から飛び出てきたような、’80年代の「ぜんぶ人力でやってる感」が色濃く残るだ。
そんな人が、こんな高級住宅地にお住いのようなザマス系の人と繋がっているハズがない。

ということは、今から会いに行く人は間違いなく「ヤバいテクニックで不正にお金を荒稼ぎしている人」に違いない。
となれば、答えは一つ。893(ヤクザ)しかない。

僕はビビったが、だからといってどうしようもない。というか、父の意図が分からなかった。
16歳かそこらのクソガキを893に引き合わせて何をしようというのだろうか。
ヤクの売人(プッシャー)にでも育てるつもりだったのか?

今更聞けないので、当時の父の心中は謎のままである。

 

 

ピチT

 

着いた家は、家というよりもはや城だった。
玄関は二階にあり、アプローチスペースにはクソでかい陶器製の犬の置物が置いてあった。
チャイムを鳴らすと甲高いワンワンの声が聞こえて、続いてメッチャドスの聞いた老年男性の声が聞こえてきた。
自動で開くクソでか引き戸。こんなものは初めて見た。

開幕、ミニチュアピンシャーがキャンキャン吠えながら奥の方から飛んできたので少し和んだが、続いてのっそりと出てきたその人に僕は言葉を失った。

 

 

 

 

綺麗に刈られたスキンヘッド。

ギラギラに輝くシルバーの眼鏡。

その奥で光る完全に据わった目。

ピッチピチのTシャツ。

貫禄のある腹。

 

 

 

 

こんなお手本みたいな893いる??

 

 

 

 

そしてよく見ると、僕がピチTだと思っていたのものは年季の入った刺青だった。
彼(以下親分)は単に半そでのシャツを着ているに過ぎなかったのだ。

僕は完全にビビり、赤べこのように高速で首を上下しながらうやうやしく框をまたいだ。
その時チラッと見えたが、普通に右手の小指が無い

さも当然のように右手の小指が第一関節から消失している。

僕はもはやちょっと笑いそうにすらなったが、物々しくしくテカる革張りのクソデカソファを見た途端、ここがどこであるかを理解して顔から血の気が引いた。

 

ここは893の自宅である。

 

促されるままその革張りのソファに腰を下ろし、カサカサに乾いた唇と口内を意識しながら部屋を見まわした。

神経質なほどきれいに手入れされたその部屋からは、目の前に座る親分が歩いてきた道、その荘厳な歴史すら感じさせられた。多分首相官邸とか行ったらこういう雰囲気味わえるんだろうなとか考えていた。

目のやり場に困った僕はとりあえずミニチュアピンシャーに視線を移したが、なんか一人掛け用のソファに超偉そうに王様座りしていたので自然と頭が垂れた。多分ワンワンよりも生物として格下になったのは、後にも先にもあの時ぐらいだと思う。

 

 

事件

 

正直、室内で何を話したかは全く覚えていない。
ただ、なんかスリム缶の三ツ矢サイダーをもらってそれを飲んでいたことは覚えている。

 

「じゃあそろそろ…」

「はい」

 

そんな会話があったと思う。親分はどっか行くらしく、父が目的地まで送っていくようだ。

立ち上がる三人。腰がアホみたいに重かった。鉛でも入れられてんのかと思った。

ビビりながら父の背中についていく。

 

その時、起きてはいけないことが起きた。

 

 

 

 

 

 

父が棚からガラス製の写真立てを落とした。

 

 

 

 

 

 

「あぁ、そうなんだ。人生って、こんなに早く終わりが来るものなんだな。そっかそっか…。それにしてもこの失態……拷問…とか…されんのかな?血が出たりするのは嫌だな…。できればギロチンみたいな…一瞬で死ねる奴がたすかるな…」

 

短い時間の中でそこまで考えた。

ガン!っていう明らかにヤバい音が聞こえた。割れたと思った。普通に殺されると思った。

 

「あっ!こいつ、人のものを…」

 

はいはいはいご苦労さんでした。俺今いくつだっけ?16?まだ童貞なんだけどなぁ~~でもしゃーないか~~~。写真立て割ったしな~~~親分の大切そうなやつ割ったしな~~~割ったの俺じゃないけど割ったしな~~~あぁ~~~死んだ~~~。

 

「あららら、すいません」

「ん?無事っぽいな、まぁいいわ行こ!」

 

このときの僕の安堵感を想像してほしい。きっと想像に難くないはずだ。
つい先ほどまでワンワンにすら劣等感を覚え、肉親と一緒に居るのにクソ心細さを感じていた僕。
死すら覚悟し、そして本当に死が訪れ、それがすんでのところで踵を返していった安堵感。

僕は狂ったように高鳴る動機を意識しながら親分の家を後にした。

 

 

 

その後の事は、よく覚えていない。

今となっては貴重な体験だが、当時の僕からすればシャレにならん肝試しにいったみたいな感じだった。

 

あれから約8年。

 

親分さん、元気かな?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA