父と僕

ここ最近考えることが多く、書き残しておかなければ失念してしまう恐れがあったので、長くなるがここに記しておく。いずれも大切なことであるし、自分自身が人生の岐路に立つ、その記録として。

・志望校

中学3年の頃から、僕の人生をざっと振り返ってみる。ちょうど10年前。
僕は志望校として、地元進学校を選んでいた。理由は二つ。
1. 頑張ればいけないこともない偏差値
2. 好きな子との約束
どちらも重要な要素。努力を知らない僕が、なけなしの根性を奮い立たせる良い機会だった。
しかし、僕は結局、地元の工業高校へと進学した。偏差値的には志望校のひとつ下ぐらいのランクだったが、学力の話はどうでもいい。問題は工業高校へ進学することになった動機だ。
父は僕の進路に対して「裸でエベレストに登頂するぐらい無謀」と一喝し、工業高校を猛プッシュした。その時の僕は何も分からなかったから、それだけ言うんなら僕は進学校には行けないのだろうし、工業高校へ行く他ないのだろうと考えていた。工業高校なら学力的にも完全に合格圏内だったから、というのも理由の一つ。あと、仲の良い友達も一緒だったのでそれも後押しした。
入学して一年後、仲の良かった友達は全員中退した。その一年後、僕も彼らの後を追うことになる。
理由は校風。体育会系を持て囃し、ナードは全員死ねとばかりの雰囲気に辟易して辞めた。本当にそれだけ。

・父の人格

これから先のことを語る前に、父の人格をはっきりとさせておく必要がある。

まずもって父は、クソみたいなセンチメンタリズムを抱えている。これはほとんどファッションで、そのへん太宰治に似ていると言えなくもない。
何事に対しても感傷的で、あらゆる不和や失敗、絶望はすべて自分のせい、だからおれが死ねばそれでみんな納得だろう、そうだろう、そうに違いない、という、非常に子供っぽい拗ねた性格を持つ。
彼に対する糾問は、意味を為さない。建設的な話に及ぶ前に、「分かった。おれが死ねばいいんだな」という結論に至るからだ。

そして、重度の学歴コンプレックスがある。父も数十年前、僕と全く同じ高校を、ほとんど同じ時期に中退している。「高学歴は勉強ができるだけのクズ」という歪んだ思想を抱くようになり、この思想を後押ししてくれる経験や知識に巡り合った時は、僥倖と言わんばかりに顔を輝かせる。

父はどこまで行っても自分の事しか考えない、考えられない。一見すると人のために働いているように見えても、それは自分の良心を守るためであったり、他者へのアピールに過ぎなかったりする。
そして一番肝心な問題点は、父自身が自分のそうした人格に気付いておりながら、見て見ぬふりをしているところである。自分自身を識ろうとせず、よって認められない。認められないから、お金の力に頼るしかなくなる。
彼は上等なスーツを身にまとい、ブランドものばかり身に着け、レクサスを乗り回して他者に自分の力を誇示しようとする。話すことといえば、自分がいかに苦労してここまできたかということと、自慢話の二つである。クソ田舎のしょうもない小金持ちの典型例と言えるだろう。

父が僕の進学校行きを阻止した理由は、おそらくはじめに挙げた二つの人格に由来している。「良い高校に入っても、お前みたいな能なしは、ただ勉強ができるだけの役立たずになってお終いだ」という考えと、「おれと同じ高校をこいつが卒業できれば、おれが救われる」という自己投影、つまりクソみたいなセンチメンタリズムが、進学校行きの反対、工業高校の猛プッシュという形で現れたのだと思う。

・入社

高校を辞めた僕は、17歳で父の経営する会社に入社する。そして2年後、先行きの不安に耐え切れず、大学行きを決心して会社を辞める。
僕も間違いなく父の血を引いていた。あの頃に流した涙はすべて嘘で、クソみたいなセンチメンタリズムに心臓と脳を侵されていたに過ぎない。大学など行けるはずもないと自分で自覚していたにも関わらず、「大学進学」に自分のアイデンティティを置き、自分の弱さを必死で隠しまくっていた。
19歳から3年間、フリーター生活を送り、奥さんと知り合う。しかし生活苦に耐え切れず、21歳の時、父の会社に舞い戻る。
22の歳で結婚し、家を買う。

・mzfkさんとの邂逅、会社への不信感

入社後しばらくして、mzfkさんの存在を知る。これが僕の人生に於いて非常に重要な意味を持つことになる。
mzfkさんは生粋のアウトローであったが、仲良くなるうちに、僕がこれまで知り合った誰よりもかっこよく、誰よりも頭の良い人だと分かった。
彼の思想や生き方は、それまでの僕が抱いていた積年の疑問を一つずつ粉々にしてくれた。この頃から、僕は尊敬の対象が父ではなく彼に向くようになる。
僕は彼に心酔してはいるが、彼が僕の人生のすべてだとは思っていない。彼のように生きられるとは思っていないし、また彼の考えはただ彼個人の感じ方からきているのであって、僕自信には関係が無い、ということもきちんと承知している。

・会社の問題点

mzfkさんと肚を割って話すうち、会社の問題点が次々と明らかになってきた。これが1~2年ほど前のことである。
以下、知り得る限りの父の会社のヒストリーとその問題点について列挙していく。

まず父の会社は、家族経営に近いところからスタートしている。父が社長で、社員はすべて気の知れた仲間同士。社員数は現在10人程度の、零細企業である。
金も無かった父は、コネを使って出資してもらい、借金する形で会社を設立した。はじめの5~6年は、その借金の返済にあくせくしていたと聞く。その頃の父はそれこそ泥水を啜るような気持ちで仕事をしていたのだろうと思う。
しかし、借金を返済し終わった今、彼の頭にあるのは「いかに楽して金を稼ぐか」である。家族経営から始まった都合良さをとことん利用し、会社をうま味製造機のようにして、社員にかける温情は、もっぱら自分の良心を育てるか、他者へのアピールに終始する。
何かさえあれば「あの会社は儲かっていない」だの、「あの下請けは使えない」だのほざき、社員に「自分たちはまだ給料をもらっている方なんだ」と錯覚させようとしている。どれだけ少ないお金で人心を掌握できるか、彼が考えているのはそれだけである。
小さな会社だから、社長の思想や人格がモロに会社に影響を及ぼす。彼の人格についてはすでに述べたが、

・クソみたいなセンチメンタリズムを抱えている
・重度の学歴コンプレックス持ち
・弱虫で、金の力に頼らざるを得ない

これらすべてが会社の経営に如実に表れていて、それが問題点と密接にリンクしている。一つずつ見ていこう。

まずクソみたいなセンチメンタリズムだが、これによって建設的な意見は彼の耳に入らないようになっている。
「もう少しこうしたほうが良いのでは」とか、「そのやり方はいけない」というアドバイスを、彼は聞こうとしない。その話を始めた途端に耳を塞ぎ、「分かったもうやめてくれおれが死ねばいいんだろ」とわめきたてる。もちろん死ぬ気など微塵も無く、ただ考えたくないだけ、ひいては楽をしたいだけである。

そしてもう一つ。

会社に一人、原因不明の不治の病を患った人が居る(以下ゴリキチ)。ゴリキチは父とよく似ていて、大声でわめきたてるが実は弱虫、金に目が無く、自分より弱い物にはとことん強く、自分より強い人間には媚びを売るという、まあ、人間のカスの手本みたいな奴。
普通に考えれば、こんな使えない、もっと言えば会社に不利益をもたらすクズはとっとと辞めさせるべきである。が、父は「恵まれない」ゴリキチに情けをかけ、死ぬまで面倒を見てやるつもりでいる。
父は「恵まれない」人が大好物である。なぜなら、恵まれない人に恵んでやるその時こそ、自分が菩薩になれるからである。

そして重度の学歴コンプレックス。これは彼の誤った自信の持ち方とつながっている。
彼は自身が中卒であることを、恥じてもいるが、また誇りにも思っている。
彼が会社を興すことができたのは、経営の才能があるわけではなく、単にコネクションの作り方が上手だったからに過ぎない。
ちょっとした小金持ちに好かれるコツを、彼はよく心得ていて、要所要所でそれを上手く利用しただけである。
つまり、今の成功は、まったく自分の手柄ではない。しかし、彼は心の中で「おれは中卒でもここまでやってやった。見ろ、良い大学を出ていても使えない奴は使えないんだ。ざまあみろ」と曲解している。
この一連のプロセスが彼の中にある限り、彼は自分の間違いを認めようとはしない。いわゆる「行動ありき」「正論ありき」の考え方しかできず、現実に則して考えること、生きることが出来ない。
自信は、外的要因を骨組みにして形成されるものではないということを、彼は分かっていない。

最後に、弱虫と白痴。これは彼の金使いの下手くそさと関係している。
彼の考えによれば、金は「いかにして稼いだか」でその価値が決まるのであって、使途は問われないのだそうだ。
しかし僕が思うに、金と言うのはどこまでいっても手段であるべきで、すなわち「いかにして稼いだか」は実はどうでもよく、「どのようなことに使ったか」でその真価が問われるものだと考えている。
いかにして稼いだかで金の価値が決まるのなら、みんな強盗になるべきである。楽して大量の金を稼ぐのが正義なら、残されるのは合理性のみだ。そして父は事実、その通りに生きている。
社員の給料を斫り、自分の懐へと忍ばせる。これは金そのものを目的とした人間の典型である。
使途を重視しない彼の金は、ただ金のためだけに使われる。ヴィトンだからという理由だけで似合っても無いクソだっせぇ鞄やシャツを買ったり、レクサスだからという理由で、雪に弱い2ドアの車を乗り回す。これらすべて、他者に弱虫を悟られまいという威嚇の心理からくるものである。

・このまま居ても搾取されるだけだ

僕は息子という立場から、父を一個人として、父として、社長として、研究してきた。
その結果、もうこの会社に未来は無いということを悟り、また自分が確実に父を超えたという実感を得るに至った。

『僕はもう、父よりも賢い。精神的にも成熟している。』

そして極めつけは、2019年度の夏季・冬季ボーナスがそれぞれ5万円ずつであったこと。
この出来事が一連の考察の裏付けを成し、さらに不満の臨界点をブチ破るきっかけとなった。
これにて、僕もmzfkさんも本気で会社を辞める決意をした次第である。

・辞める決意、mzfkさんとの商売と今後の懸念

会社を辞めるといっても、僕もmzfkさんも家庭のある身だから、すぐに辞めるわけにはいかない。しっかりと準備をしたうえで会社を辞める必要がある。そのことについてはmzfkさんと話し合い、互いに了承済みである。
mzfkさんの豊富なコネクションと人格、僕の智慧があれば上手くいかないわけがない。商売の軌道云々に関しては、実はそれほど危惧してはいない。

・奥さんとの関係

mzfkさんと商売をすることで、きっと家を空ける期間が今よりも長くなるだろうことが予想される。彼は遊び好きだし、何事も派手だからである。
僕としても、毎回毎回断るわけにはいかない。たとえ毎回断っても、mzfkさんは何も言わない、差別もしないだろうが、とはいえ最低限の誘いには応じる必要がある。
すると奥さんとの不和が生じる可能性が出てくる。奥さんは究極の安定志向の持ち主だから、生活の変化を好まない。
奥さんとの不和が生じたら、僕はmzfkさんと奥さんとの間で板挟みとなり、結果としてmzfkさんを憎むような関係になってしまうかもしれない。
そうならないためにも、はじめの段階でしっかりとmzfkさんと奥さんの両方に相談しておく必要があるとは考えている。相談したからオッケーと言うわけでもないが、ただ実情を知ってもらうということは大切だと思う。mzfkさんと商売を始めたら、僕は彼を父として、父以上に心を開くつもりでいる。必要とあらば、僕の弱点をすべて並べても構わない。一番痛い過去を自分でほじくり出しても構わない。

・家族関係

もう一つの懸念は、家族関係である。
父の会社を辞めれば、当然、父との関係は悪くなる。僕はそんなことどうでも良いと思っているが、問題は母である。
僕の奥さんは僕の母のことが大好きで、このイザコザを通じて関係が悪化することを恐れている。僕としても、無関係の母をこんな骨肉の争いに巻き込むのはごめんだと思う。
父が僕に責任転嫁して、あいつは頭がおかしいなどと母に吹き込めば、母はそれを信じるしかなくなる。下手すれば祖母にも吹き込むかもしれないが、祖母は賢い人だから信じないだろう。
また、mzfkさんが父の会社を抜ければ、僕以外にも抜ける人が出てくる。残るのはせいぜい2人かそこらだろう。これでは経営が成り立たなくなる。しかし父は一旦上がった生活レベルを自分の意志で下げられるほど強い人間ではない。つまり現実的に考えたとき、金丸家はマジでやべーことになることが予想される。
幸い、妹2人はそれぞれ自立しているから、母が父と離婚すればそれで済む話ではある。僕はそれでも一向に構わない。
ただ問題は、母との関係である。

・ここまでを俯瞰するに

これまでは分からなかったが、僕は自分の人生の岐路をすべて、父に委ねて生きてきたように思う。
志望校選びから始まり、就職と、すべて自分の意志ではなく、父の意志に従って生きてきた。
それによって僕は「父に生かされている」と錯覚し、父は父で「これが子育てにおける父の役目だ」と錯覚した。バカ丸出し一家。親子そろって中卒なのも頷ける。
会社を辞める決意が果たして自分本来の意志かどうかについては、まだ考察の余地がある。mzfkさんに感化されて右に倣えしているんじゃないかという考え方もできる。
でも、僕が会社にムカついているのはmzfkさん抜きにしても同じことだし、何なら僕はmzfkさんをリーダーとして「使わせてもらう」ぐらいの意識で居る。mzfkさんはこれを聞いても「そりゃ当たり前だろ」としか言わないと思う。こと商売に関しては、mzfkさんも僕を社員として「使う」のであるから。これが健全な経営者と労働者の関係ではないだろうか。

・父に恩は無いのか

最後になるが、これを考えてみる。
父は、僕に対して親として当然のことはしてくれた。
養育はもちろん、それに掛かる食費、学費、交遊費 etc… はすべて面倒を見てくれた。
しかし、彼が「彼個人」として僕にしたことは、「自分のため」の領域を出なかった。
彼はひたすら金によって僕を援助し、何かを啓蒙することは無かった。

僕は父の子である。長男で、「カラマーゾフの兄弟」で言うところのドミートリイだ。だから、父と同じやり方を踏襲するしかない。
僕は子として当然のことは、父に施すつもりでいる。彼が「助けてくれ」と言うのなら、喜んで手を差し伸べる。
けれど、「僕個人」として彼にしてやれることは、きっと無い。あったとしても、それはやはり「自分のため」の域を出ない。
将来、僕は資産的にも父を超えるだろう。その時、僕はやっぱり金によって彼を援助するしかない。

いろいろ書いたが、僕は父を愛している。それは、「世界一尊敬していて、世界一軽蔑している男」という形で。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA